<古龍と稲荷>(2)

 ただの人や魔物であれば、その鼻息だけで消し飛んだかもしれない。しかし、稲荷は異世界の神だ。まったく影響もない。


「……あなたが目覚めた意味を考えてください」

『……』

「イグノス様が、言ったのでしょう?『また必ず、彼女は戻ってくる』と」

『!?』


 その言葉に、カッと目を開く。


『戻ってきたのかっ!?』

「あー、もう、落ち着いてくださいよぉ」

『落ち着いてなどいられるかっ』


 大きな身体が、起き上がる。


『どこだ……どこにいる……』


 真っ暗な洞窟の上を睨みつけるが、古龍には感じ取れない。苛立ちで魔力が駄々洩れになるのを、稲荷が外へ漏れないようにと、慌てて抑え込む。


「はぁー、あなたには無理ですよ」

『なんだとっ!?』

「あのですね、戻られたのは戻られましたが、元は私の世界の人間として生まれ変わられたのです」

『……お前は、この世界の者ではないのか』

「ようやく、気付きましたか」


 はぁ、と大きく肩を落とす稲荷。


「私の世界の人間には、魔力がありません。だから、あなたが必死に彼女の魔力を探したとしても見つけられません」

『……魔力がなければ、この世界で生きにくかろうに』

「あ、そこは、私とイグノス様で上手い事やってます」


 その言葉に、古龍はぎろりと目を向ける。


『彼女は幸せなのか』

「……さぁ。こちらではそれなりに楽しんでいるようですよ」

『……そうか』


 古龍は再び身体を屈め、再び目を閉じ、しばらく無言の時間が続いた。


『……稲荷と言ったか』

「はい、なんです?」

『彼女に……これを』


 古龍の目の前に、白く丸いダチョウの卵のようなものが浮かび上がった。それがゆっくりと稲荷の手元へと動いていく。稲荷には、ソレが何なのか、すぐにわかり、一瞬だけ、嫌な顔をした。


「まったく……そんなに彼女に会いたいのですか」

『……よいだろう。どれだけ我が彼女のことを待っていたと思う』

「……まぁ、渡しに行くのはやぶさかではないですが……(私、早いところ、嫁と子供たちに会いに行きたいんですけどねぇ)」

『何か言ったか』

「あー、はいはい。じゃあ、近いうちに彼女に渡しておきましょう」

『必ず渡せよ』

「はいはい」


 稲荷は呆れつつも、古龍の駄々洩れだった魔力が急激に減っていくのを感じ、ホッとした。


『彼女の名は』

「望月五月さんと言いますよ」

『モチヅキサツキ……』


 古龍はかみしめるように、そう呟くと、ふぅっと深いため息をつく。




 かつて聖女を殺した王家はもう存在しない。

 あの時、古龍は聖女を守り切れなかった。

 それは聖女が、裏切られたとはいえ、死の直前まで王太子を愛していたからだ。どんな冤罪をかけられようとも、いつか、助けてくれると最後まで信じていたからだ。

 聖女が、冤罪をかけたのが王太子本人だと知ったのは、死の直前。

 その時の悲痛な叫びが、古龍に届いた日のことを、彼は今でも鮮明に覚えている。


『今世こそは……』


 古龍は湧き上がる想いを、胸に押し込め、再び目を閉じるのであった。


          + + + + + + + +

 

 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

 お話としては、まだまだ続く予定ではありますが、元々、〈メディアワークス文庫×3つのお題〉コンテスト用に書きだした作品のため、一旦、ここで完結とさせていただきます。


※『続・山、買いました ~異世界暮らしも悪くない~』で再開しております。

  https://kakuyomu.jp/works/16816927861933607881

 よろしければ、そちらもお読みいただけたら嬉しいです。


           + + + + + + + +


 GAノベル様(https://ga.sbcr.jp/ganovel/)から、書籍化のお話をいただき、2024/1/14に2巻が発売予定です。


『山、買いました2 ~異世界暮らしも悪くない~』

 https://ga.sbcr.jp/product/9784815621100/


 予約受付中のようです。確認してみてください。

 よろしくお願いいたします<(_ _)>


                            (2023/12/18 修正)



 

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山、買いました ~異世界暮らしも悪くない~ 実川えむ @J_emu

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