<管理人 稲荷>

 突然、ホワイトウルフのビャクヤの声が聞こえて、慌てる五月の姿に、稲荷は思わず、ニヤニヤしてしまう。

 稲荷は、ビャクヤたちが言っていたことを思い返す。

 ブラックヴァイパーが現れたこと、山の東側、木々が枯れている状況。一時期、魔物が増えていたようだが、彼らがこちらに移ってきたことで、それも減少傾向にあるという。

 そして何より、『古龍』が目覚めた可能性。


「彼が目覚めたら目覚めたで、厄介なことが起こりそうですが……」


 稲荷は直接会ったことはないが、イグノスから昔の出来事を聞いて知っている。

 かつての聖女と『古龍』は、親友同士であったという。

 魔物が溢れれば『古龍』とともに前線に立ち、瘴気が濃くなった地域を巡り、多くの人々を救ってきた聖女。

 その聖女を、愚かにも人間側が裏切り、あまつさえ、処刑まで行った。

 王族を暗殺し、王位を簒奪しようとした、という冤罪をかけて。それを告発したのが、婚約者でもあった王太子だという。

 当然、『古龍』は怒りを爆発させ、その国は滅んだ。しかし、『古龍』の怒りは容易には治まらず、周辺国へも影響が出始めたころ、イグノスが『古龍』を、この地の北の山奥に眠らせることにした。


『また必ず、彼女は戻ってくる、それまでの間、眠って待っておいで』


 そして、実際、元聖女である望月五月は、この世界へとやってきた。

 彼女には、当時の記憶もないし、聖女としての自覚もない。これは彼女に知らせる必要はないという、イグノスの意思だ。

 しかし、万が一、『古龍』が完全に目覚めた場合。


「絶対、望月様のところに、飛んできそうですよねぇ」


 ビャクヤたちとの交流に夢中になっている五月には、稲荷の言葉は届かない。


「ちょうど、休業期間に入りますし、『古龍』のところにでも挨拶に行ってきましょうか」

『やはり、古龍様はお目覚めになられますか』


 稲荷の傍に現れたビャクヤ。その顔は、少し心配そうにも見える。


「そうだねぇ。『古龍』が目覚めれば、恐らく魔物たちの大移動が始まるだろう。そうなれば、人族の国がいくつか消えるかもしれない。あるいは、『古龍』を追いかけて……この地にやってくる可能性もある」

『……確かに』


 ビャクヤは子供たちと戯れる五月に目を向けてから、稲荷へと目を向ける。


『愛し子は、我らがお守りいたしましょう』

「ああ、頼むよ……彼女は、どちらかといえば慎重なタイプだとは思うが、万が一、ということもあるからね」

『はい』

「はぁ……今年は、のんびり家族で年末を過ごすつもりだったのにねぇ」


 そう言いながらも、どこか楽しそうな稲荷。


「あ、稲荷さん!」

「はい? なんでしょう?」

「魔道コンロ、まだ買いに行けてないんです! 雪が降る前に、山から下りられますかね?」


 少し焦ったように言う五月に、稲荷は中途半端に草刈りが進んでいる道に目を向け、ニッコリと笑う。


「無理、でしょうね」

「やっぱり~!」


 稲荷の言葉に、ガックリと膝を落とす五月。


「まぁ、カセットコンロ用のガスボンベ、後で持ってきてあげますよ」

「ありがとうございますっ!」


 五月の喜びの声が、山の中にこだました。

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