<創造神 イグノス>

 元聖女が、創造神イグノスの世界に戻ってくる。

 目の前で、この地にテントをはりだした五月のことを見ながら、彼の神は期待に震えていた。


 イグノスの世界では、人族によって、多くの聖獣や精霊が絶滅の危機に瀕していた。何度も神託を下ろしても、神殿の言葉に各国の王族たちが耳を貸そうともしないせいだ。


『彼女の力の及ぶ範囲が広がれば広がるほど、聖獣や精霊たちが守られる場所が増えるはず』

『彼女に、元聖女という話はしないのですか』

『ああ。彼女は知る必要はない。ただ、あの山で楽しく幸せに暮らしてくれればいいさ』

『……彼女は、前世でよほど酷い目にあったのでしょうか』


 稲荷の心配そうな声に、イグノスは答えない。それが答えでもある。


『彼女に渡すタブレットだけど』

『はい、私のものとほぼ同等の機能を持たせてあります』

『うん、初期設定では開拓と建設、この2種類だね』

『ポイントが増えれば、それを利用して、新たな機能をダウンロードすることができるようにしてあります』

『稲荷のいる世界は、色々と面白い仕組みがあるねぇ』

『いやはや、人族の考える力は、凄まじいですな』

『……本当に。同じ人族なのに、なぜ、こうも進化の過程が異なるんだろうねぇ』


 寂しそうなイグノスの声。

 稲荷は、なんと答えていいかわからず、手元の五月用のタブレットに目を落とす。見た目は稲荷のものとまったく同じだ。


『ああ、そうだ。一応、ボーナスポイントもつけてあげようか。多少、苦労かけるだろうから。トイレとお風呂の設置ポイントは割引して、と』

『そうなると、『収納』機能が、もうダウンロードできる対象のようですね』

『ん? まぁ、いいんじゃない。これから、色々やってもらわないとだし』

『そうですな……あちらでも苦労しているようですし、こちらで充実した生活をしてくれればいいのですが』

『……そうなの?』

『身内の縁が薄いようで』

『あ、それはきっと……私のせいかな』

『……加護が呪いになってましたからねぇ』

『でも、こっちでは大丈夫でしょ。何せ、創造神たる私の加護なんだから』


 姿が見えなくても、イグノスのニンマリとしている顔を想像してしまう稲荷。

 テントを設営しおえて、腰に手をあて伸びをしている五月へと目を向ける。そんな彼女の頭の上に浮かぶウィンドウの文字に、稲荷も柔らかい笑みを浮かべる。


*****


名前:望月五月

年齢:27


加護:イグノスの加護

職業:元聖女

備考:移住予定(確定)につき、要注意


*****


『さて、私は契約書と請求書の準備をしましょうかね』

『よろしく~』


 二柱は五月を残し、その場から音もなく立ち去ったのだった。

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