第3話 夢で大きな狐と出会った(1)

 ぼんやりと意識が浮上してきたな、と思ったら、周囲が大きな木々に覆われた場所に、私は立っていた。


 ――あ、これ、夢だ。


 すぐに気が付いた。根拠はない。

 大きな木々は、やたらと存在感があって、圧迫されている感じがする。きょろきょろと周りを見渡していると、私の足元から前方へと道ができていく。


 ――これは、進め、ということかな。


 私はその意図を汲み取れているか怪しく思いながら、前へ前へと進んでいく。

 すると目の前に、古い石の鳥居が見えてきた。その奥には、朽ちた古い神社の建物。私はそのまま鳥居を抜けて、建物の前まで辿り着いた。


『よく来たな』


 突然、野太い男性の声が聞こえてきた。


「へっ?」


 私は慌てて周りを見渡すけれど、誰もいない。


『こっちだ』


 その声は建物の方から聞こえてきて……。


「き、狐!?」


 大きな狐が、建物の方からのそりと歩いてきた。たぶん、私の背丈くらいはありそう。あんぐりと大口をあけながら、狐に見入ってしまう。

 狐は私の目の前までくるとお座りをして、私の顔を覗き込んだ。


『望月五月』

「は、はいっ」


 なんで、私の名前を知ってるのか?

 あ、夢だからか。


『お主、山、買わんか』

「……はい?」


 首を傾げながら、狐が言ってきた。


 ――山を買う?


 私も首を傾げてしまう。

 なぜ、山?


『安くしとくぞ』

「いや、安くといっても」

『お前が山に住んで、山のメンテナンスしてくれれば管理費用を出してもいい』


 なんか夢のわりに、現実的なことを言ってくる。

 いや、管理費がいくらかわからないけど、いつかはプラスになるのか? それに、お金がもらえるんだったら、働かなくていいんだ。

 一瞬、同じ会社に勤めている元カレの顔が浮かぶ。


「山に、住む……」


 いわゆるスローライフってやつか。


『どうかね?』

「いいですねぇ。そんな生活ができたら、幸せでしょうね」


 本当にできれば、だけど。

 テレビの番組で見た山奥での生活は、かなり大変そうだったけれど、今の生活と大差がなければやってみたいかも。

 どうせ夢だし、どーんと大きなログハウスとかで生活とか、露天風呂に入ったりとか。きっと都会の灯りがなければ、夜空もきれいに違いない。


『そうか、そうか』


 狐が笑ってそう言った。


 ――狐が笑う?


『それじゃあ、お前さん宛に請求書を送っておこう』

「え、せ、請求書!?」

『山を買ってくれるのであろう?』

「いや、まだ決めたわけじゃ……だいたい、山っていくらです?」


 夢だとわかっていても、金額は確認しないといけない。通帳の残高は、結婚資金で貯めてたのが少しはある。


『うん? なに、一山、90万円でどうだ』

「きゅ、90万!?」

『高いか?』


 いやいや、一山、ってどれくらいの広さの山のことを言ってるのかわからない。そもそも、どこの山のことよ! あまりに具体的な金額が出てきたものだから、余計に混乱する。

 あ、夢だっけ。いや、夢にしても。


『おや、もう目が覚めるか。仕方ない。またな』

「え?」


 狐の言葉と同時に、景色がぐにゃりと歪み、目の前が真っ暗になった。

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