第85話 ハクとユキへのお年玉?

 いつもなら、年末年始のお休みで、テレビ番組を見て、年越し感を感じるところなのだろうけれど、今年はまったくそういうのがないので、普通の日と変わらなかった。

 年越しそばでも食べるか、となるところなんだろうけれど、そういう気にもならず、なぜかインスタントの塩ラーメンを食べて年を越した。

 当然、除夜の鐘なんか、聞こえるわけもない。

 気が付けば新年になっていた、という。



 いつも通りに起きだしたけれど、今日は、とりあえず、お餅を焼いた。せめてもの正月らしさだ。網に切り餅をのせて焼くなんて、実家でもやったことはなかった。一人暮らしの時は、トースターで焼いてたし。

 最初は醤油に付けて海苔で巻いたやつ。次は砂糖醤油。納豆でもあれば、納豆餅にでもしたんだけど。


 ガリガリガリッ


 ちょうど食べ終えた頃、いつものように玄関のドアを引っ搔くのはハクだ。

 開けてあげれば、『おはよう!』と白い息を吐きながら、わふんわふんと鳴いている。


「おはよう!」


 うりゃうりゃうりゃ! と顔を撫でてやれば、ご機嫌で尻尾を振りまくる。


『さつき、さつき! おはよう!』


 そんなハクの隣からユキが自分も撫でろと顔を出してくる。

 

 うーん! 最高!


「あけましておめでとう~」

『あけまして?』

『なにが、おめでとうなの?』


 おっと。この子たちには、もしかして新年の感覚はないのか。野生の生き物だし。

「う~ん、私の住んでたところでは、年明けを無事に迎えられたことをお祝いする言葉なんだけど」

『としあけ?』

『なにそれ?』

「うん、まぁ、無事に1年過ぎました、おめでとう、でいいかな」

『そうなの?』

『そうなのか?』


 2匹が首を傾げる姿が、たまらなく可愛いっ。


「よし、そんじゃ、ハクとユキ、お年玉あげよう!」

『なにかくれるの?』

『なになに?』

「ちょっと待ってて」


 期待の視線を受けながら、ダウンジャケットを羽織ると、貯蔵庫に向かう。


 基本的に、ホワイトウルフたちは自分たちで餌を取ってくるようで、私の方で餌を与えることはない。強いて言えば、うちの人工池の水を飲むくらい。親たちは、どうも湧き水の方で飲んでいるらしい(それを聞いて、春になったら、人工池のサイズをもう少し大きくしようかな、と思った)。

 そこでお年玉だけれど、貯蔵庫に保存してある、稲荷さんからもらった猪肉を思い出したのだ。ハクとユキにしてみれば、大して量はないかもしれない。でも、せっかくだから、あげてもいいかな、と思ったのだ。


 2匹は大人しく貯蔵庫の前でお座りをしている。ちゃんと、中には入ってこないのは、食べ物が保存されているのを知っているからだ。なかなか賢い。


「これ、ハクとユキ、食べられるかな」


 真空パックに入っている猪肉を2つほど取り出す。大きさは私の両手で持てるくらい。稲荷さんには感謝すべきなんだろうけど、絶対、一人じゃ食べきれないサイズなのだ。これでも、まだストックがある。

 2匹が鼻をひくつかせているけれど、真空パックのせいで、匂いがしないようだ。


「ちょっと待ってね」


 びろんっと真空パックから取り出しただけなのに、2匹が目を輝かせる。


「はい、こっちはハクね」


 差し出すと、匂いを嗅ぐまでもなく、一口で食べてしまった。


『おいしー!』

『サツキ、サツキ、わたしもっ!』

「はいはい、これね」

『むん……ん! これ、おいしーね!』


 2匹の目が、もっと欲しそうな顔をしてるけれど、残念ながらあのサイズの物はもうない。


「ごめんね。もう小さいのしかないんだ」

『はう~、ざんねん~』

『おいしかったの~』

「春になって、稲荷さんがわけてくれるようだったら、またあげるわ」

『!?』

『あ、あれ、いなりさまのなのっ!?』


 途端に2匹は、怯えたように縮こまった。

 うん、いつのまにか、稲荷さんは子供らに恐れられる存在になっていたらしい。親たちから何か言われたのだろうか。

 まぁ、もっともっとと言われないで済んだだけ、よかったかもしれない。

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