第35話 あっちの天気、こっちの天気(2)
稲荷さんが湯呑にお茶を入れてきてくれた。
「そこにどうぞ」
カウンター脇にある小さなテーブルにある椅子を勧められ、素直に座る。
緑茶に煎餅。ふと、亡くなった祖父母を思い出す。
「けっこう降ってきましたねぇ」
そう言われて、窓の外に目を向ける。土砂降りまではいっていないけれど、けっこうな雨にはなっている。
「まぁ、ほとんど天気も気候も変わらないですから、勘違いされるのもわからなくはないですけどね」
ばりりっと煎餅を齧る音が響く。
「こちらも説明不足でしたからね、すみません」
稲荷さんが言うには。
あちらは、こちら同様に四季はあるものの、極端な寒暖差はないらしい。そうは言っても、雨は降るし、冬には雪も降る。しかし、台風は来ないらしい。ハリケーンも、サイクロンもない。
「稀に、精霊を怒らせるアホがいると、とんでもない嵐や日照りが起きることもありますね。そういえば、竜巻は、風の魔法で作れますね。自然発生もあるにはありますが」
「え?」
「最近はそんな話は聞かないようですから大丈夫でしょう」
「今、魔法って言いました?」
「言いましたよ」
まぁ、タブレット自体、魔法みたいなものだし? そういや、私には魔力はないって言ってたような。いや、しかし、それよりも。
「精霊って言いました?」
「言いましたよ」
「……いるんですか、そういうの」
「いますよぉ。いや、だいたい、神様いるんだし、いて当然というか」
「……ああ、そうでしたね」
目の前にいるのも、神様だった。
すっかり忘れてたけど。
「まだ見たことなかったんで……そうかぁ、いるのかぁ」
(あんなに、目の前にいても、見えていないんですねぇ……あの子らもかわいそうに)
とりあえず、あっちの天気に、こっちの天気は関係ないことが分かって安心した。
それでも、雨は降り、冬には雪になる可能性もあるのなら、それに備えないとマズイだろう。
「じゃぁ、雨がこれ以上酷くなる前に戻ります」
「そうですね。あ、そうだ」
再びその場を離れた稲荷さんが手にして戻ってきたのは、掌より少し大きいくらいの肉の固まりがいくつか。
「真空パックしてあるから、少しはもつとは思いますが、早めに召し上がってください」
「これって?」
「先日、猟友会の知り合いから譲っていただいた鹿肉と猪肉です」
……おお。ジビエだ。
食べたことはないけれど、テレビや動画で見たことはある。そういえば、キャンプ用にと買った、ちょっとお高い調味料、使ってみてもいいかもしれない。
「あ、ありがとうございます」
素直に受け取ると、車の助手席に置く。
そうだ、水をくんでおかなきゃ。ポリタンクを1個取り出して、水場へと行く。水道の水の勢いのよさに、あの水滴じゃ、まだ溜まってないよなぁ、と遠い目になる。
少し雨に濡れてしまったけれど、車に戻ってみると、稲荷さんから、ついでにこれも、と、なんだか色んな種類の煎餅を渡されてしまった。嫌いじゃないから、単純に嬉しい。そういえば、緑茶ってあったっけ。
雨のキャンプ場をノロノロ運転で走り続ける私なのであった。
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