< 管理人 稲荷 >
普段より濃い朝靄の中、車のハイビームがキャンプ場の中を貫いていく。それが管理小屋の窓の中にも入り込んだ。
「ずいぶん早くから来てるな」
新聞を読んでいた管理人の男は、管理小屋の壁にかかる時計に目を向けた。まだ8時を過ぎた頃で、キャンプ場のオープンの時間ではないのだが、と思いながら、受付のドアが開くのを待っていた。
「……おはようございます」
少し顔色の悪い20代後半くらいの女性が、一人で入ってきた。
茶髪、というよりも赤みがかったショートカット、少しぽっちゃり気味。たれ目の左目の目元に小さな黒子が1つ。寝不足なのか、目が赤くなっている。
その時、男は、おや、と思った。
なぜなら、その女性の頭上に、大きな透明なウィンドウが浮かんでいたのだ。
(おやまぁ。移住候補者ですか)
「いらっしゃい。ずいぶん早いですね」
「あ、すみません。まだ時間じゃないですよね?」
慌てて時計を確認する彼女が、申し訳なさそうにそう言う。
「ええ。でも、大丈夫ですよ。ご予約のお名前は」
「望月です」
「はい、望月様ですね……はい、確認とれました。えーと、一応、2泊ということですが、いいですか」
「あ、はい」
男がキャンプ場について簡単に説明をすると、彼女は薪の束と着火剤だけを購入して小屋の中から出ていった。
「どれ。しばらく様子を見ますかねぇ」
『よろしくぅ』
男の耳には、少しばかり幼い男の子のような声が聞こえてきた。
「……イグノス様自らとは、珍しいですね」
『あの子、欲しいんだよ』
「まぁ、あのウィンドウに貴方様の名前がついてましたから、そうなのかなぁ、とは思いましたけど……ありゃ、なんですかい?」
『うーん、僕の執着が強すぎたみたい(てへぺろ)。稲荷、あの子のこと、よくよく見ておいておくれよ』
稲荷、と呼ばれた、細い目をした中年の男は、はぁ、と大きなため息をつきながらも、ニヤリと笑う。
「まったく、イグノス様には敵いませんよ」
『やったぁ!』
「少し、お時間くださいね」
『構わないよ! こちらの時間など、僕にとっては、たいした時間ではないもの』
嬉しそうな声の響きに、稲荷とよばれた男は微かに微笑む。
「まったく、なんだって、こっちの世界にきちまってたんですかねぇ……聖女様は」
そして、イグノスに執着される『望月』という名の女性を、少しばかり哀れに思った。
*****
名前:望月五月
年齢:27
加護:イグノスの加護(呪)
職業:元聖女
備考:移住候補者につき、要注意
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GAノベル様より書籍化することになりました。
近況報告で、書影公開と、特設サイトについてのご案内をしています。
【書影公開】
https://kakuyomu.jp/users/J_emu/news/16817330664270700134
【特設サイトについて】
https://kakuyomu.jp/users/J_emu/news/16817330664313104037
2023/10/14頃発売予定で、すでに予約も始まっております。
よろしければ、ご覧になってみてください。<(_ _)>
(2023/09/29 追記)
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