<子狼たち>

 キャンプ地の上、少し離れた山の中。


『ふおっ』

『あぶなっ』

『おまえがじろじろみてるからでしょ』

『でもさ、なにしてるのか、きになるだろ?』


 子狼たちは木の陰から、身を乗り出して五月のことを覗いていた。かなりの距離があるのに、彼らには五月の姿がよく見えていた。


『みつかったらまずいじゃない』

『だいじょうぶだって。あのにんげんは、ぜったいだいじょうぶなきがする』


 前に見に来た時は、案の定、親たちに怒られ、しばらく見に来られなかった二匹。

 今日は、親たちも近くに来ているのをわかっているから、安心して、五月の敷地の近くまで来ていた。

 五月がキャンプ地の中に戻っていく姿を確認すると、二匹は先ほどまで五月がいた場所を調べに、斜面を下りていこうとしていたのだが。


『!?』

『なに!?』


 先ほどまで感じ取れなかった鋭い殺意に、二匹は警戒を強めた。


『……なまぐさい』


 鼻に皺を寄せ、周囲に目をやる。


 ガサガサッ


 子狼たちの背後の草を分けて現れたのは、子狼など丸のみしそうなほどの大蛇だった。


『な、なんで、あんなのが!』

『なわばりはもっときただったよね』

『に、にげないと』


 子狼たちは、黒々とした大きな蛇に睨まれ、足がすくむ。


「シャーッ」


 襲い掛かる大蛇に、必死に逃げようとする子狼たち。


『とうさまっ!』 

『かあさまっ!』


 子狼たちがキャンキャンと鳴きながら、五月のキャンプ地の方へと逃げていく。


『あっ!?』


 子狼の片割れが、木の根に足を引っかけて、斜面を転がり落ちていく。もう一匹も慌てて追いかける。大蛇は余裕で後を追う。


「キャンッ!」


 ドスンッという音とともに、ウッドフェンスに子狼の身体がぶつかった。 


『このやろう! くるなっ! くるなよっ!』


 転がり落ちた子狼は気を失ったのか、ウッドフェンスにもたれかかったまま。もう一匹はキャンキャンと吠えながら、大蛇に威嚇するけれど、大蛇のほうはまったく恐れもしない。

 ぬるりと鎌首を上げ、子狼に襲い掛かろうとしたその時。


 ガランガランッ


「え、何、やっぱり犬?」


 カウベルの可愛げのない音とともに、五月の驚く声が聞こえた。


「……シャー」


 大蛇はチロリと五月に目を向けるが、肝心の五月の方は気付きもしない。彼女の目には、くたりと横たわっている子狼しか入っていなかった。

 五月が動くたびにガランゴロンと鳴るカウベルに、大蛇は頭を下げて逃げ腰になり、ついにはずるずると逃げていった。


「大丈夫!? え、死んでないよね?」


 五月の腕に抱えられた子狼は、身じろぎもしない。


「息はしてる、ここに置きっぱなしってわけにはいかないか」


 そこで五月は気が付いた。少し先に、同じような犬(子狼)がいることに。その犬(子狼)は不安そうな目で五月の腕の中の兄弟を見つめている。


「……あんたも来る?」

『いっていいの?』


 白いふさふさの尻尾が、ゆっくりと揺れだす。

 残念ながら、五月には子狼の声はただ「くぅ~ん」としか聞こえない。それでも、何かしら不安そうなのだけは感じ取れた。


「ついといで」


 よいしょ、という掛け声とともに立ち上がる五月の後を、嬉しそうに子狼はついて行き……キャンプ地の敷地の中へと入っていった。

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