第17話 イグノス様とお稲荷様

 風呂はなくても、道の駅まで行けばなんとかなる。

 しかし、しかし! トイレは、我慢できない。その辺でするのは……嫌だ! ありえないっ!


「もう~! なんでないのよぉ!」


 車から降りて叫ぶ私。


『ごめん、ごめん』

「えっ!? だ、誰っ!?」


 突然、子供のような声が頭に響いてきた。これも異世界仕様なのか。


『稲荷~、用意してあげてよ~』

『あわわ、申し訳ございません』


 聞き覚えのある太い声はお稲荷様だ。

 そう思ったところで、ボスンッという音とともに目の前に大きな狐が現れた。


『望月が帰ったと同時に消えるようにしてたもんだから、すまんな』


 なんと。ずっと置いといてくれるわけではなかった。もともと、貸してくれるという話だったし、片づけてしまったのだと思えば、納得か。


「あ、いえ。ありがとうございます」


 逆に叫んでしまって申し訳ない、というか、恥ずかしい。


『同じ場所に置いたぞ。これもレンタルだから、望月が帰ったら消えてしまうから、覚えておけ』


 ぴったり同じ場所。さすが。

 それを見て、まだ迷っているけれど、確認だけならと、聞くことにした。


「は、はい……えと、もし、もしですね」

『なんだ?』

「ここに住むとなったら、ずっと貸していただけたりするんでしょうか」


 一瞬の間の後。


『ほんとか! ほんとに!? 買ってくれるのか!』

「あ、ちょ、ちょっと、あの、まだ決めてませんっ」

『いやぁ、嬉しい、嬉しい! ありがとう! ありがとう!』

「だから、決めてませんってば!」


 私の怒鳴り声に、お稲荷様は固まる。


「はぁ……だから、例えば、の話ですって」

『悪いが長期での貸し出しはしてないよ』


 姿の見えない、子供の声がそう答えた。


「え、えと、この声は?」


 こっそりとお稲荷様に聞く。


『イグノス様だ……えぇ、買わんのかぁ』

「いや、ま、まだ迷ってるというか……も、もし買って住み始めたときに、トイレと風呂がないのは嫌だなぁって思って」

『そもそも、これは稲荷のモノで、それを貸し出している。お前も自分で作ればよかろう』

「え、作るとか、無理です」


 仮設トイレ、買ってくるにしても、どうやって運ぶ? いや、ずっと仮設トイレ使い続けるの? あ、もしかして市販のトイレは、あんな魔法のような綺麗さにならない?


『ふむ、まだ詳しい話をしてないようだね』

『そりゃそうです、まだ買う意思のないものに、詳しい話も何もないでしょうに』

「何です、詳しい話って」


 お稲荷様に、そう問いかけると、大きなため息をつかれてしまった。


『守秘義務を伴う話だ。買わないかもしれない者に話せる内容では』

『そしたら記憶を奪ってしまえばいい』


 子供の声の割に、冷ややかな声に、ゾクッと寒気がする。


『イグノス様』

『稲荷の性質には合わないかもしれないだろうけどね、僕はそれぐらいしても、彼女に来てほしいんだよ』


 見えないイグノス様から、鋭い視線を向けられている気がする。

 お稲荷様よりも神様チックなイグノス様に、よりファンタジーにありがちな『神』っていう気がして、身体が震えだした。


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