第66話 聞きたくない声
すでに会社を辞めて2か月近く経つ。今更、仕事の電話はないはずだ。
着信の番号は、見たことがない。もしかしたら、父方の親戚に連絡先を教えていたので、あちらで何かあったのかと思って、出てみることにした。
「はい?」
『やだ、繋がったわ』
あ。母親の声だ。
まさか、母親のことを思い出したせいで、電話かかってくるとか、なんていうタイミング。それに何、『やだ』って。
『あんた、今、どこよ』
「なんで」
『なんで、じゃないわよ。ご近所の方の携帯借りてかけさせていただいたのよ。なんで、家からので電話が繋がらないのよ』
押し殺したような声で文句を言っている様子から、近くにその『ご近所の方』がいるのだろうか。
「そりゃ、当然、着信拒否してるからに決まってるじゃない」
『なっ!?』
「用件は何」
『なんであんたはそんなに冷たいのっ。妹の方がよっぽどもお母さんのことを思ってくれてるわ』
あー、はいはい。
そりゃぁ、可愛がってくれる相手であれば、甘えもするだろう。
私の場合、すでに高校生ともなってしまっていたし、当時の義父もどう接していいか、わからなかったかもしれない。しかし、それにしたって、ほとんど無視のような状態なのは、どうかと思う。
その後、大学を出て就職しても、義父から連絡がきたことなど、一度もない。どんな声をしてたかなんて、覚えていないくらいだ。
母親にしたってそうだ。
今年になって頻繁に連絡をしてくるのだって、結局は義妹のため、なんだろう。
私の都合なんて、聞きもしない。
「もう電話してこないでください。どうせ、また私に面倒なこと、押し付けようとでも言うんでしょ。出先なんで、もう切るわ」
『ちょ、ちょっと待ちな――』
プチッ
全部言わせる前に、通話を切った。当然、速攻で、この電話番号も着信拒否。
また、義妹の面倒でもみさせようとでも思ったのか。宿泊先にでもしようとでも思ったのか。こんなに拒否しているのに伝わらないなんて、学習能力がないんだろう。
いや、学習以前に、空気が読めていないから、学習しようもないのかもしれない。
「もう二度とかかってきませんように!」
私は、さっさとスマホを斜め掛けのバッグにしまい込む。
「あー! もう、声を聞いただけで、こんなにイラつくなんて!」
声に出しながらカートをグングン進めていく。
――このストレスを吐き出すためには、もう、買物するしかない!
目につくものを、どんどんとカートに突っ込んでいく。たぶん、今、買う必要のないものまで入れているかもしれないが、今は、それどころの気分ではない。
レジで精算してもらった金額を見て、一瞬固まったけれど、約3か月買物に来ないんだから、と自分を納得させてカードで支払った。
しかし、それでも苛立ちは治まらない私は、戻ったホームセンターでも爆買いをしてしまうのであった。
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