第13話 全力でとぼけよう!

 現在クリスは、父の執務室に呼び出されていた。

 呼び出された理由は不明だ。


 ソフィアが「お父上が呼んでおります」と伝えに来た時点で、クリスはいつものように逃げだそうと思った。

 だがその前にヘンリーが現われ、瞬く間に拘束、連行されてしまったのだ。


 さすがに、この領地で二番(一番は父だ)と謳われる武を誇る兄から逃れることは出来なかった。

 クリスはなくなく連行され、今に至る。


「して、なんの話かは想像が付いているか?」

「……いえ」

「少しもわからんか?」

「(思い当たる節が多すぎて)わかりません」


 地面に穴を開けたことか。あるいは魔術で森を凍結させてしまったことか。


「地に穴を開け、森を粉砕したそうだな」

「あ、ははは」


 全部だった。

 クリスは笑みを浮かべつつも、内心冷や汗がダラダラだ。


(もしかして、追い出される?)

(廃嫡宣言の次は、絶縁宣言?)


 父はクリスの所業のすべてを掴んでいる様子に見える。

 もはや言い逃れは出来まい。


 死刑執行を待つ囚人のような気分で、クリスは父の言葉を待った。


「お前がやったのか?」

「はい」

「……よくやった」

「――へ?」


 クリスは自分の耳を疑った。

 聞き間違いか?


 父がクリスを褒めるなど、近年希に見る事態だ。


「明日はきっと大嵐だね」

「そんなわけあるか」

「では父さん、大病を患ったとか?」

「何故だ?」

「父さんが僕を褒めるなんて、なにか裏があるかと思って」

「お前は喧嘩を売っているのか?」


 ヴァンのこめかみがピクピクと動いた。

 これは相当お冠だ。

 クリスは慌てて口を噤む。


「お前は魔術で森を凍結させ、粉砕させた。それにより土地が拓け、新たに農地を開墾出来るようになった。

 森の中に巣くっていた魔物たちが、その魔術で一斉に死亡した。これにより、農村への被害も激減するだろう。

 農地を開墾するのに必要な水も、先日大地に空いた大穴から湧き出した水で工面出来ることになった。目下の課題はその水を引く水路を作ることだが。これは大した手間ではないだろう」

「はあ」


 まさかそんな状態になるとは、思いも寄らなかった。

 森林を破壊して、大地に大穴を開けたのだ。

 これがバレれば、頭上に雷が落ちるだろうとばかり思っていた。


「……そうだ。念のために尋ねるが、先日我が領内で賞金首が見つかった」

「へえ。もしかして、ヘンリー兄さんが捕らえたの?」

「いや、黒焦げになって発見された」

「それは、物騒だね」


 誰かに殺されたのか、それとも火の扱いを誤って死んでしまったのか。

 なんとも残念な最後だ。可哀想に。

 クリスがそう哀れんでいたときだった。


「その者の遺体から、魔術痕が見つかった。どうやらその賞金首は、火魔術を受けた死亡したようだ。これに心当たりはあるか?」

「…………」


 ある。ばりばりある。

 以前放った、追尾型ファイアボールの仕業に違いない。

 それを放つ時、クリスは『人殺し』に追尾するよう仕組んでいた。


 父はまだ、これがクリスの仕業だとは確信していない様子だ。

 白を切れば、なんとかなるかもしれない。


(全力でとぼけよう!)


「…………さあ、わからないなあ」

「お前のせいだな」

「ええっ!?」

「俺はお前の父親だ。子が白を切る時の癖くらい、見抜いておる」


 クリスの作戦はあえなく失敗。

 いよいよ、魔術が使えることが明るみに出てしまった。


(でもまあ、いつまでも隠し通せるものじゃないかぁ)


「どれくらいの魔術が使える」「いつから使える」「強い魔術はどのようなものがある」「どれくらい魔術を使い続けられる」


 父からの質問に、クリスは笑顔を浮かべたきり、答えなかった。

 実際、自分にもよくわかっていないことが多すぎるからだ。


(ああ、早く部屋に戻って新しい魔術を作りたいなあ)


 父から質問を受けているというのに、クリスは既に上の空になっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る