第24話 それは偽物です

 その勲章の重みに――自分が貰うわけではないというのに、ヴァンの体が震えだした。


「クリス・フォードよ。余からの勲章を貰ってくれるな?」

「…………」

「……?」


 陛下の言葉に、クリスは即答しなかった。


(どうした? とてつもない勲章が授与されると知って、声が出ないのか?)


 とはいえ、陛下の言葉を無視してはいけない。

 すぐに返答をせよと、ヴァンはクリスにプレッシャーをかける。


(言葉は『はい』だ。クリス、言え! 言うのだ!)


 ヴァンはヤキモキしながら、クリスを見守る。

 その思いが通じたか、クリスがやっと口を開いた。


「……はい、いいえ。申し訳ありませんが、その勲章は受け取れません」

「「「「――ッ!?」」」」


 クリスの言葉に、一同が一斉に息を飲んだ。

 誰しもが言葉を失った中、唯一陛下だけはすぐに我を取り戻していた。


「理由を聞こう」


 殺意とさえ感じられるほどのプレッシャーの中、クリスより先にヴァンが動いた。


「すす、すみません陛下!! この子はでくの坊でして、あまり口が達者ではございません! 陛下のお申し出も、間違いなく喜んでおります。その上で、恐縮しているのです。ほらクリス、謝れ! 今すぐ陛下に謝罪して、勲章を受け取るのだ!!」


 ヴァンの全身は早くも、冷たい汗でびしょびしょだった。

 不味い、非常に不味いことになった。


(あれだけ「はいしか言うな」と伝えていたのに!)


 腹の中で怒りがグツグツ煮えたぎる。

 今すぐ怒鳴り散らしたい気持ちをぐっと堪えて、クリスの頭を手で抑える。


「ヴァン・フォードよ」

「はっ!!」

「貴様は、誰の許可を得て面を上げた?」

「――ッ!!」


 その声に、心臓が軋んだ。

 グツグツ煮えたぎっていたはずの感情が、一瞬で凍り付いた。

 サァ、と血液が落ちていく。


 クリスの言葉に驚き、必死にその場を取り繕うとした結果、ヴァンは、陛下の許可なく顔を上げてしまっていた。


「たた、大変失礼いたしました!!」


 すぐさまその場で平伏。

 ヴァンは額を床にこすりつけた。


 失敗した。とんでもないことをやらかしてしまった。

 ヴァンの体が、小刻みに震える。

 まるで、死の宣告を待つ囚人のような気分だった。


 ややあって、再び陛下が口を開いた。


「して、クリス・フォードよ。再び汝に問おう。何故、余の申し出を断った?」

「……」

「陛下。お気持ちを無下にした者の言葉など、耳にする必要はありません。即刻追い返すべきです」


 宰相パトリックの声には、憎悪が滲んでいた。

 それもそのはず。国王が最大級の評価をしたというのに、その評価を足蹴りしたのだ。

 第一の臣下と言って良い宰相が、そんなクリスの行動に怒りを覚えぬはずがない。


 パトリックの言葉に、近衛たちが同調した。

 声には出さないが、この場に集まる国内指折りの男女二十名が、一斉に『出て行け』という念を送っている。


 近衛兵は、国軍におけるエリート中のエリートだ。

 その才覚を見込まれて、陛下に直接取り立てられた経歴を持つ。


 だからこそ、陛下への無礼は許さない。


 ヴァンはかつてゼルブルグいちと謳われた武人であるが、全盛期はとうに過ぎている。

 そんな男に、現役エリート近衛兵のプレッシャーは重すぎた。


(胃が、痛い……)


 この後、どのような沙汰が下るか、気が気でなかった。

 最悪の事態が頭をよぎる。

 気分は既に処刑台だ。

 こんなことになるのなら、遺言書を残しておけばよかった。


「パトリック。余はクリスに尋ねておる。横から口を出すな」

「はっ! 出過ぎた真似を、申し訳ありません」

「してクリスよ。そなたの思う所を存分に述べてみよ」


 ヴァンにはその続きが聞こえた気がした。

『納得出来ぬ理由であれば……覚悟は出来ているな?』


(ああ、もう、駄目だ……)


 諦めた、その時だった。

 クリスが回りの大人達のプレッシャーに気圧されず、堂々と言い放った。


「僕は国の分断を望んでいません」

「「「「……?」」」」


(なんの話だ?)


 ヴァンは、クリスの言葉の意味するところを理解出来ず困惑した。

 それは王妃や殿下、また近衛兵たちも同じだった。


「続けよ」

「この場には中央貴族が居ませんよね。慣例ですが、謁見には貴族も同席するはずです。なのに居ないのは、おかしい。もしかして中央貴族の方々は、僕への勲章授与に反対したのではありませんか?」

「――ッ!?」


 ヴァンが目を見開いた。

 確かに、クリスの言葉には一理あると思ったのだ。


 中央貴族は、領地持ちの地方貴族に対して、反発する者が少なくない。

 それは領地を持たない劣等感の裏返しだ。


 それ故、地方貴族の功績認定に、異を唱えることが多々ある。

 今回は田舎貴族の、それも子どもへの勲章授与である。

 反発は、それはもう凄まじいものだったに違いない。


 つまり今回中央貴族が欠席しているのは、国王に招聘されなかったからではない。

 クリスの功績に反発し、謁見を集団欠席したのだ。


「反対の声を無視して勲章を授与してしまえば、大きく深い溝が生まれます。今後の政も、調整が難しくなるかもしれません。それでは、国が動きづらくなります」

「悪魔殺しの英雄に、勲章を贈らぬのは国の恥である」

「僕はまだ子どもです。悪魔を倒したといわれても、素直に信じられないのが人心というものかと」

「悪魔討伐の証拠たる宝具があるのに、か?」

「もしかしたら、その宝具は偽物かもしれません」


 クリスの言葉に、ヴァンは叫び出す寸前だった。


(そんなわけがあるかッ!!)

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