第25話 帰っていいですか?
宝具は魔術の鑑定により、真贋が確認されている。
結果は当然、本物だ。
それを陛下の前で偽物だと言ってしまうとは、あまりに言葉が過ぎる。
冷たい汗がダラダラ流れ落ちる。
もう自分が予想した、最悪の未来など通り超した気がする。
(一族まとめて処刑、か……)
ヴァンが観念した時だった。
「……くっくっく。子どもが人心を語るか。くっくっく。ほれ見ろ、パトリック。余の勝ちだぞ」
「……誠に、そうなってしまわれましたね」
陛下たちの雰囲気が、厳かなものから一転した。
先ほどまでは呼吸すらためらわれる雰囲気だったのに、いまでは茶会のように空気が弛緩してしまっている。
(一体、何が起こったのだ?)
「ヴァン・フォードよ、面を上げよ」
「…………」
「儀礼はもう良い。この場にはうるさい貴族はおらん。顔を上げろ」
「はっ!」
恐る恐る顔を上げる。
すると、先ほど殺気かと思うほどのプレッシャーを放っていた陛下が、まるで好々爺のような笑みを浮かべていた。
その隣にいる宰相パトリックは逆の、苦虫をかみつぶしたようなものだった。
「ヴァンよ。よくぞクリスをここまで立派に育て上げた」
「はっ……?」
「なれど、実の息子に対して『でくの坊』はいただけんな。そなたが家族を信頼せんでどうする?」
「申し訳、ございません……」
「家族は大切にせよ。今、家族を守れるのはそなただけなのだぞ」
「陛下のお言葉、この身に刻む所存です」
儀礼上百点満点だろう返答をしつつも、ヴァンはまだ状況を理解出来ずにいた。
(クリスが立派? どこがだ?)
それに、先ほどの陛下とパトリックの言葉も謎である。
ヴァンが状況を飲み込めずにいると、陛下がまるで生徒に道理を説く教師のように顎を上げた。
「試しておったのよ」
「……なにを、でございましょうか?」
「そなたの息子をだ。余は受け取らぬ方に賭け、パトリックは受け取る方に賭けた。結果は余の勝ちよ」
「続けて説明させて頂きます」
パトリックが少しむっとした表情で、陛下から説明を引き継いだ。
「もし陛下からの褒美を受け取る子であれば、勲章を授与せずフォード領に送り返していました。もし褒美を受け取らない聡明な子であれば、放っておくのは国家の損失です。武官としての重用も視野に入っておりました」
「我が子が、重用!?」
「当然です。悪魔を倒した逸材は、今世の英雄と呼んでも差し障りありません。そのような武力を、国家として放っておけるはずがありません。ただし、国が扱うならば、最低限の聡明さは必要になります」
それが、今の授与の流れだったのか。
しかしまさか、これが陛下の試験だったとは。
ヴァンの教え通りクリスが頷いていれば、落第点を貰うところだった。
(良かったのか、悪かったのか……。いや、クリスの将来を思うと良かったのだろうな)
クリスの力は、ヴァンの器に対して大きすぎる。
たしかに彼がいれば、領地の問題は一気に解決するだろう。
だが反面、その力に魅了されて、暴君に成り下がるリスクもある。
あるいはクリスの力を有用に扱えない可能性もある。
ならば国という、最も大きな器に入れるべきだ。
それが国家のためにもクリスのためにもなる、幸せな未来か。
「そなたの息子、クリスの言葉は概ね正しい。貴族の中には、今回の悪魔殺しを信じぬ者が大勢おる。子どもがそのような偉業を達成するはずがない、とな。その者たちは、宝具が本物だと確定しても論を曲げなかった。
故に、此度の謁見は貴族をすべて下がらせて、余とパトリックが直々に、クリスが有用かどうかを見定めることにしたのよ。もし有用であったならば、反対派の貴族を抑えて、なんとしても取り立ててやろうと意気込んでおったのだがな。
まさか、『その宝具は偽物だった』と言われるとは思ってもおらんかったぞ! これは傑作だ!」
陛下が大声で笑った。
「自らの偉業で国が分断するのなら、宝具は偽物だと嘘を吐き、反対派の貴族に矛を収めて貰えば良い、か。自分がほら吹きで良いなどと宣言するなど、ただの子には出来るものではない。クリスよ、その発想、褒めてつかわす」
「ありがとうございます」
「第二ロイヤル・ゼルブルグ勲章は与えてやれんが、別の褒美を授けよう。今、そなたは何が一番欲しいか言ってみよ」
どうやら陛下は、心の底からクリスを歓迎しているようだ。
近衛兵たちも同様に、クリスを歓迎する雰囲気を出している。
それを見て、ヴァンはほっと胸をなで下ろす。
(大事にならなくてよかった……)
これで、全ての災難が去った。
自分の領は守られ、命も守られた。
おまけに、陛下は我が子を聡明だと言ってくれた。
これほど嬉しい出来事はない。
(ライラ、見ているか? 俺たちの子が、陛下に褒められたぞ!!)
ヴァンが妻に祈っていた時、クリスが軽く頭を垂れた。
「一ついいですか?」
「良い良い。金か? 地位か? 名声か? 悪魔殺しの願いだ、極力叶えてやろう」
「ありがとうございます。それでは――」
再び顔を上げたクリスは、いつものクリスの表情になっていた。
(この顔……まさか……ッ!)
ヴァンの嫌な予感は、的中する。
「――帰っていいですか?」
その瞬間、謁見の間の空気が、完全に凍り付いた。
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