第26話 殿下急変
(なんだかよくわからないけれど、気付いたら評価がうなぎ登りだった件)
謁見の間で頭を垂れながら、クリスは憮然としていた。
そもそも、事の発端は勲章授与の申し出である。
クリスは内心「そんなものはいらない」と思っていた。
勲章にはさっぱり興味がない。それよりも今は、魔術を開発する時間が欲しかった。
無論、クリスは勲章の価値を知らないわけではない。
勲章があるだけで、様々な権力が手に入る。
その反面、責任もセットで付いてくる。
勲章は、褒美であると同時に、国家権力による個人への首輪でもあるのだ。
(スキルボードに触る時間が削られる!)
そのような首輪は、まっぴら御免だった。
だから、普段は使っていない頭をフル稼働して、なんとか勲章授与を辞退しようと画策した。
出来るだけ穏便に、波風立てずに乗り切ろうとした。
(ほら、他の貴族が反対してるし、授与は辞めておこうよ?)
(なんだったら、宝具は偽物だったってことにしてもいいよ!)
(そして僕のことも一緒に忘れよう!)
そんな思いを丁寧な言葉に変えて、クリスは勲章を辞退した。
しかし、何故かそれが評価されてしまった。
(解せぬ……)
国王と宰相が、クリスの将来についてトントン拍子で話を進めていくし、それに父上は異を唱えないし。
クリスが熱望する未来が、どんどん遠ざかっていく。
(僕はただ、スキルボードを弄って遊んでいたいだけなのにっ)
試しに、クリスは自分への褒美として『帰宅権』を所望してみた。
一瞬にして空気が凍り付いた。
無論、クリスの申し出は即座に却下。
それからは、ほぼ機械的に会話が進んで行った。
もちろんクリスは蚊帳の外だ。
(解せぬ!)
大人の話はとにかく長い。
自分の将来の話なのに、会話に加わるつもりもなければ、理解するつもりもないクリスは、謁見に飽きてしまっていた。
(何時間話し続けるんだろう? 王様も大変だなあ)
他人事のように話を聞き流していた時だった。
玉座の後ろに控えていた殿下の頭がふらりと傾いだ。
「ん?」
クリスは敏感に異変をキャッチ。
しかし、まだ誰も殿下を見ていない。
(ん、いつものことなのかな?)
クリスが首を傾げたその時。
殿下が床に崩れ落ちた。
「「「殿下ッ!?」」」
近衛兵が血相を変え、一斉に駆け寄った。
クリスも僅かに遅れて、殿下に近寄る。
しかし、
「下がれ下郎!」
近衛兵の一人に妨害されてしまった。
「どうしたのだ!?」
「顔が、真っ青!」
陛下と王妃が殿下に近づき、息を飲んだ。
顔が、不自然な程青くなっている。
「なんだ、毒か?」「誰か、解毒薬を持ってこい!」「あと回復薬も!」
近衛兵が一斉に動き出した。
しかし、その指示はすべて不適当だ。
(んー、誰も気付いてなさそうだなぁ)
近衛兵は警護のスペシャリスト。
そう信じていたのだが、このままでは殿下の命が失われかねない。
さすがにそれは、見過ごせない。
たまらず、クリスは口を出した。
「それは毒じゃなくて、魔術だよ」
「何ッ!?」「貴様、なんの証拠があってそのような――」
「待て。クリスよ、この子の状態が分かるのか?」
「あ、はい。おそらく殿下は魔術の攻撃を受けたのだと思います」
殿下が倒れる直前、クリスはマナの波長を感じ取った。
それは髪の毛先ほどの、微弱なマナだった。
おそらくは、魔術そのものに隠密を付与したものだろう。
(最近、隠密魔術を覚えてなかったら見逃してたかもなあ)
普段は物忘れが激しいクリスだが、魔術のことなら決して忘れない。
魔術発動時のマナの波長だって、使ったことのあるものはほとんど記憶している。
殿下にかけられた魔術は、『闇』系だ。
その中のどれかまでは、使ったことがない魔術なのでわからない。
だが、殿下を助けるだけなら簡単だ。
「陛下、魔術を使ってもいいですか?」
「娘を救えるのか!?」
「たぶん」
「ならば構わぬ」
「陛下ッ、なりませぬ!」
魔術を使おうとしたクリスに、宰相パトリックがストップをかけた。
「この場は神聖なる謁見の間。かような者よりも、国定神官に回復術を掛けていただいた方が安全です。どうかお考え直しを」
「して、それはいつ来る?」
「……ただいま、近衛が神殿へと走っております」
「もし、その間に余の娘が死んだら、貴様はどう責任を取る?」
「それは……しかし、体面というものが……」
「体面を重視して、助かるかもしれぬ娘の命を見捨てよと? 貴様は、そう申しておるのか?」
「……っ」
ローレンツは、静かに尋ねた。
しかし、その静けさとは裏腹に、抱いた怒りはとても荒々しい。
それは王城の狸と呼ばれたパトリックすらも、言葉を失うほどだった。
「か、かの者が殿下の命をお奪いになるとは考えられませぬか?」
「放っておけば娘はじき、死ぬであろう。そこにわざわざ手を出す理由はなんぞ?」
「…………」
「異論はないな?」
ローレンツが念を押す。
それは、相手に異論を確認した言葉ではない。
もう二度と、異論を挟むなという圧力だ。
パトリックは閉口し、頭を下げて一歩引いた。
「クリスよ、こちらに来い」
「はい」
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