第27話 帝国の刺客1

 娘の近くには近衛が密集しているというのに、クリスがその隙間を縫うように姿を現した。

 体が小さいおかげで、ほんの少しの隙間でも通り抜けられるようだ。


「魔術を使っても?」

「無論だ。早く、娘を助けてくれ」

「はい」


 クリスの年齢は、12才だと聞き及んでいる。

 そのような子が回復魔術を使えるとは、ローレンツは微塵も思っていない。


 これは、後悔しないための選択だ。

 何もせずに指をくわえて娘の死を看取るよりも、すべての手を打った結果失敗した未来の方が、まだ受け入れられる。


 とはいえクリスは悪魔殺しだ。

 彼ならば、なにかしてくれるのではないか? という淡い期待は抱いていた。


(せめて、延命さえ出来れば、国定神官の到着が間に合うかもしれぬ)


 ローレンツは祈るような思いで、クリスの魔術の行使を待った。




 国王陛下に許可を貰ったクリスは、早速、マナを素早く高めた。


 謁見の時間はとても退屈だったが、魔術になると話は別だ。

 クリスはウキウキで魔術を組み上げる。


 スキルボードを展開。

 記録した魔術を選択。

 マナを充填。

 即時――発動!


「≪ディスペル≫」


 魔術を発動した瞬間、殿下が横になっている床に、光の文様が浮かび上がった。

 そこからふわりと、光の欠片が舞い上がる。


 その欠片は少しずつ、殿下の体に染み込んでいった。

 一定以上光を吸収したところで、


 ――パキッ!!


 乾いた木が割れるような音が木霊した。


(これでよしっ、と。あとは回復魔術を使っておくかな)


 クリスが使ったディスペルは、かけられた魔術を解除する魔術だ。

 殿下が倒れる前に感じたマナの気配から、なんらかの魔術がかけられたことが分かっていた。

 なのでまずは、ディスペルで魔術を相殺。

 あとは奪われた体力と生命力を元に戻せば終了だ。


「≪体力回復(スタミナチャージ)≫≪上級回復(ハイヒール)≫≪完全体整(パーフェクトコンディション)≫」


 クリスが立て続けに魔術を放った。

 すると、殿下の顔にみるみる赤みが戻って来た。


「う、うん。あたし、一体……」

「「「「おおっ」」」」


 殿下が起き上がると、近衛たちが一斉にどよめいた。

 まるで奇跡を目の当たりにしたかのような反応だ。


 辺りを見回した殿下の瞳が、クリスを捉えた。


「くりす? これは、どういうことなのかしら?」

「ちょっと眠ってみたみたい。昨日は夜更かししたの?」

「し、してません!」

「そう? でもまあ、おはよう、シャロ」

「おはようございます……?」


 事態を飲み込めない殿下――シャーロットは、幼馴染みの言葉に、ぱちぱちと目を瞬かせたのだった。



          ○



「まさか……この呪いが通じないとは……ッ!!」


 王城の片隅で、黒ずくめの男が肩を振るわせた。


 男は北国アレクシア帝国の出身であり、現在ゼルブルグ王城に侵入している間者であった。


 帝国暗部『宵闇の翼』の命により、男は暗殺計画を実行に移した。

 手法は至って簡単だ。


 狙いの人物に近づき、暗部から借りた魔導具を発動する。

 ただそれだけで、ターゲットに呪いが発動し、生命力をアッという間に吸い取ってしまう。


 この計画で、困難な点が二つある。

 一つは、ゼルブルグ王城に侵入すること。

 王城は常に衛兵が巡回しており、この目を盗んで忍び込むことは用意ではない。


 しかしながらこれは、男の得意とする闇魔術――ハイドによって達成することが出来た。

 この一点をクリアするために、男が選ばれたといって良いだろう。


 二つ目は、魔導具の発動には魔術的な技量が必要であることだ。

 魔術の使えぬ人には、この魔導具は使えない。

 魔導具の持つ力を、ターゲットに伝えるためには、魔術の素養がなければ無理なのだ。

 下手をすれば暴発し、呪いが自分に返ってきてしまう。


 その点も、男ならば問題ない。

 男は暗部きっての魔術士だ。

 また、闇魔術が得意なため、この魔導具とも相性が非常に良い。


 以上の困難を乗り越えて、男は国王、王妃、そしてシャーロットへとそれぞれ魔導具を発動した。

 しかし国王、王妃には、魔導具の呪いが弾かれてしまった。


 おそらくは、かなり強い防御系魔導具を装備していたのだ。

 王は常日頃から暗殺を警戒している。だから、呪いを打ち返す魔導具を備えていたとしても不思議ではない。

 王妃もまた、同じである。


 この二人が斃れれば、国は一瞬にして無防備になる。

 ――侵略がかなり容易になる。


 故に、国王、そして王妃を真っ先に狙ったのだが失敗してしまった。


 しかし唯一、殿下シャーロットには呪いが通じた。


「やったっ!!」


 任務成功だ。

 そう確信した男だったが、すぐにシャーロットは呪いをはね除けてしまった。

 彼女は呪いを防御出来る魔導具を持っていなかった。

 にも拘わらず、呪いを打ち消したのは、その側にいる少年のせいである。


「くそっ! まさかこの国に、あれほどの魔術の使い手がいるとは!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る