第28話 帝国の刺客2
男が持参した魔導具は、アレクシア帝国の国宝に名を連ねる、とても貴重なものであり、また効果も桁外れに高い。(それ故、誰にも悪用されぬよう国宝に指定されているのだ)
その魔導具の呪いをはじき返すには、最上級光魔術――魔術解除(ディスペル)を使う必要がある。
ディスペルをしようするには、最低でもハイレベルな神官数名が、かなりの時間をかけて詠唱しなければならない。
にも拘わらず、どこかぼけっとした少年は、アッという間にディスペルを唱えてしまったではないか!
(……なんたる実力。恐ろしい奴だ)
ただそれだけで、男は少年への警戒度を最大まで引き上げた。
この少年を野放しにすれば、必ずやアレクシア帝国の妨げになるだろう。
同じ魔術士だからこそ、わかる。
如何に少年が、人間離れした魔術士であるかを……。
このままには出来ないと、男は少年に向けて呪いを発動。
しかし、呪いはあえなくはじき返された。
「馬鹿なッ!! 防御の魔導具を持っていたのか!?」
二度、三度と使うが、やはり呪いが弾かれてしまう。
それ以上やっても意味が無い。
やむなく男は、少年の暗殺を諦めた。
「しかし、あ奴のことは本国にも伝えなければ……」
伝送魔術に用いる紙に、男は少年についての情報を書き連ねた。
しかし、書いた後に改めて読み直すと、とても馬鹿馬鹿しい内容に思えてくる。
「若干十二才程度の少年が、最上級魔術を無詠唱で使用……。これは、誰も信じてはくれないな」
もし自分が、あの少年の魔術を目にしていなければ、絶対に信じないし、報告者を馬鹿にするだろう自信がある。
しかし、それでも伝えなければならない。
何も知らずに立ち向かうよりも、(無視されるとしても)情報がある方がまだマシだ。
男は伝送魔術を用い、手紙を本国へと送信した。
その後、男はシャーロットに対して呪いを行使し続けた。
しかし何度使おうとも、呪いが途中で弾きかえされる。
呪いは、間違いなく発動している。
だがその度に、解除されてしまうのだ。
「馬鹿なッ! 奴は一体、最上級魔術を何度使用出来るんだ!?」
通常、最上級魔術は何名もの魔術士で組み上げ、使用するものだ。
たった一人で使おうものなら、それだけで国一番のマナの持ち主といって過言ではない。
それを、何度も何度も使用している。
普通の人間ではまずあり得ない。
「奴はエルフなのか? あるいは、エルフの秘薬を口にしたことがあるのか?」
エルフはマナを潤沢に蓄えられる人種である。彼らならば、最上級魔術を連発出来る。
しかし少年はエルフが必ず持っている、身体的特徴を持っていなかった。
――耳だ。
耳が尖っていないエルフはいない。
よって、少年はエルフではないと言える。
ならば、エルフの秘薬を口にしたか。
可能性はある。だが、限りなく低いと言わざるを得ない。
エルフの秘薬は、飲んだ者のマナ保有量を爆発的に底上げする飲み薬だ。
それさえ飲めば、たとえ人間だろうとも、最上級魔術を連発して有り余るマナを持つことも可能だ。
ただし、入手は不可能だ。
各国がこぞって入手を試みているが、どこかの国が手に入れたという話を、男は耳にしたことがない。
それも当然だ。
エルフはとても誇り高い生き物だ。
そんな彼らが、人間にマナ保有量で並ばれることを、善しとするはずがないのだ。
(理屈で考えれば、秘薬の入手は不可能だ。なら奴は、一体どうやってそれだけのマナを手に入れたんだ? ……いや)
思考が横道に逸れそうになったところで、男は首を振った。
現在男は王族の暗殺の任務に就いている。
最も大切なのは暗殺であり、少年の正体を暴くことではない。
任務を思い出した男は、再び魔導具を使用する。
だが、何度やってもシャーロットが死なない。
「くそっ、このままでは……」
自分のマナが尽きそうだ。
男が焦りを感じた、その時だった。
――ムグッ。
魔導具を握る手に、なにかが入り込んだ気がした。
それはまるで芋虫が、皮膚の中に侵入したかのような感覚だった。
それはみるみる手の形を変えていく。
「なん、だ、これはッ!?」
男が困惑している間に、手の中に入り込んだ何かは男の手を黒く染め上げた。
見た目は、黒い煙の集合体――まるで闇魔術のシャドウ・サーバントのようだった。
一体、なにが起こったのか?
考えていた男が、それに気がついた。
「まさか、呪い返しだとッ!?」
呪い返しとは、闇魔術士が呪いを使う場合に、最も気をつけなければならない魔術の反動だ。
ようは呪いをかけた相手が、魔術を跳ね返した時に、その呪いが自分に返ってくる現象である。
しかし、この魔導具は呪い返しが起こらない。そう、男は暗部から説明を受けていた。
実際、何度も呪いを退けられていたが、これまで男にはなんの異変も起こらなかった。
「……まさか、魔導具で吸収出来る呪いが許容量を超えたのか!?」
帰って来た呪いは、本来ならば魔導具が吸収する。
しかし、男が何度も魔導具を使い、その度に呪いが跳ね返されてきた。
その結果、魔導具が吸収出来る呪い許容量を超え、溢れた呪いが男に移ったのだ。
男は慌てて、対抗魔術を詠唱する。
しかし、その対応は悪手であった。
「しま――」
マナを吸った呪いは一気に増殖。
男はあっという間に、影の魔物に変わってしまったのだった。
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