第29話 なかなか暇が潰せない
シャーロットを救い、これで家に帰れる。
そう思っていた自分が間違いだった。
殿下の部屋の中で、クリスはがっくりと肩を落とした。
先ほどクリスはシャーロットを救ったが、その彼女に魔術をかけた下手人はまだ見つかっていない。
彼女がまだ死んでいないと知ると、また何度も魔術を撃ってくるかもしれない。
そう判断した陛下らが、クリスをシャーロットの護衛に付けたのだ。
それはもし再び魔術をかけられても、クリスならばすぐに対応出来るためだ。
また二人は幼馴染みでもある。
幼い頃、視察でフォード領を訪れた時に、クリスとシャーロットは意気投合。互いに立場を意識しない、同年齢の友人になった。
シャーロットに男の護衛を付けるなど貞淑に差し障るという意見があったが、現在進行形で王族の命が狙われる。危機的状況だ。
いまは命が大切だ。
その意見は陛下によって退けられたのだった。
「ねえクリス。あなた、魔術が使えるんだって?」
「そうだね」
「あたし、クリスが魔術を使えるなんて聞いてないんだけど?」
「言ってなかったしね」
「どうして教えてくれなかったのよ!」
「急に使えるようになったから」
「嘘ばっかり! 魔術は急には使えないのよ」
「嘘じゃないんだけどなあ」
魔術は幼い頃から、地道な努力を重ねてやっと使えるようになるものだ。
いきなり使える者も中にはいるが、いきなり上級魔術を使える者など皆無である。
しかし、クリスはいきなり魔術が使えるようになった。
そのきっかけは、スキルボードである。
クリスはこれを、天に帰った母が残した本の中から発見した。
その効果から、おそらく魔導具だろうことはわかっているが、それ以上のことは不明である。
母ライラは、不思議なアイテムを蒐集する趣味があった。
中には『お触り厳禁』とかかれた箱に封印されているものもある。ライラ曰く、『星が一つ滅ぶくらい危ない』とのことだが、真実の程はわからない。
そんな危険物さえも集めてしまう母が、スキルボードのような優れたアイテムを持っていても不思議ではない。
「うぐ……!!」
突如、シャーロットが胸を押えてベッドに倒れ込んだ。
すかさずクリスは魔術で彼女を治療する。
ここに来てから、もう何度目かの魔術的襲撃だ。
いい加減、飽きてきた。
「シャロは、魔術を防御する魔導具を持ってないの?」
「持ってはいるけど、今回の魔術は防げないみた――ウグッ!!」
「ヒール、ヒール」
「あ、ありがとう。……いま、お父様が魔術を防げる魔導具を探して――グッ!?」
「はいはいヒールヒール」
シャーロットの変調を察知、素早く回復を繰返す。
「シャロ、どうしてすぐに死んでしまうん?」
「死んでないわよ!!」
「それにしても、倒れすぎだよね」
「あたしだって、倒れたくて倒れてるわけじゃないわよ……」
これでは、こっそりスキルボードも弄れない。
何か良い方法はないかと考えていると、ふと脳裡に妙案が浮かんだ。
「シャドウ・サーバント」
少し前に作った魔術で、陰を呼び出した。
陰の出現に、シャーロットが顔を綻ばせた。
「かわいい! その魔術はなに?」
「陰を作る魔術。まだよくわかってない」
「わかってないの?」
「うん、作ったばっかりだから」
「作る? えっ、魔術を作れるの?」
「まぁね」
「そんなわけ……」
生みだした陰に、クリスは仕事を仕込む。
意思がありそうな動きをしていたので、もしかしたらと思ったが、予想通り陰はクリスの意図を汲んでシャーロットへと回復魔術を使用した。
「おおっ、成功だ」
「えっ、何? 何でその子、魔術が使えるの?」
陰が魔術を発動。
クリスは快哉を上げる。
対してシャーロットは、何が起こったのか理解出来ずに目を瞬かせている。
クリスが行ったのは、魔術の代理行使だ。
陰の名前は『シャドウ・サーバント』――陰の召使いだ。
その名前から、クリスはもしかしたら、お手伝いをしてくれる魔術なのではないかと考えた。
結果は正解。
クリスの魔術を陰が代理で発動してくれた。
とはいえ、陰そのものが魔術を放っているわけではない。
陰と繋がっているマナのパイプラインを通じて、クリスが間接的に魔術を放っている状態だ。
クリスはいわば本棚。陰はその本を自由に使用出来る読者といったところだ。
本(魔術)はクリスのものだが、本を取り出して使うのは読者(陰)になる。
「きちんと教え込めば、いろんなことが出来そうだ」
これを屋敷に置いておけば、クリスの代わりが務まるかもしれない。
あるいはクリスの代わりに外を歩かせて、家の中にいながら外の様子を確認することも、出来るようになる可能性がある。
色々、試したい。
だが今、クリスには自由がない。
(早く家に帰りたいなあ……。もしくは、外で魔術を使うだけでもいい)
一応、暇潰しになればと防御魔術を使ってはいる。
だが攻撃がなければ意味がない。
当然だがここは王城であるので、クリスを攻撃する曲者などはいない。
あるいは父がこの場にいれば、試しに攻撃してくれと頼めたかもしれない。
「あっ、そうだ。ねえ、シャロ。僕を攻撃してよ」
「…………顔だけでなく、頭までおかしくなってしまったのね」
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