第30話 お掃除(魔術)

 シャーロットが哀れむような表情を浮かべた。


(さすがに殿下に攻撃してくれは失礼だったかな)


 防御性能の試験は、断念する他ないだろう。


(あっ、そうだ! シャロへの魔術攻撃を防御する魔術はないかな?)


 クリスはこっそりスキルボードを眺めた。

 今ある防御魔術は、自分に対して使用出来るものだけだ。

 これが、周囲にいる者にも使えれば、シャーロットを完璧に守り抜ける。


 しかし、しばらくスキルボードを眺めていたが、それらしい魔術は見つからなかった。


(うーん、あると思ったんだけどなあ)


 たとえば『付与』といった特殊能力が選択出来れば、シャーロットに防御魔術を使うことも出来ただろう。

 しかし、現在選択出来る特殊能力は、追尾・飛翔・隠密の三つだけ。

 付与は存在しない。


(たぶん、今のスキルボードの状態じゃ出来ないんだ)


 以前、アリンコ(悪魔)を倒した後、スキルボードに新たな属性や特殊能力が開放された。

 つまり現在のスキルボードは、すべての魔術・能力を網羅していない――いわば未完成品なのだ。


 なので、防御魔術の開発も断念する。


 こうなると、本当にやることがない。

 本音をいえば、家に戻って開発中の攻撃魔術が使いたい。


 しかし、そのような我が儘を言える状況にはない。


 クリスはシャーロットの危機を無視してまで、魔術を使いたいとは思わない。

 彼女は自身にとって、大事な幼馴染みである。

 自分の力で彼女の命を救えるのなら、いくらでも力を貸すつもりだ。


 とはいえ現在は、相手に好き勝手やりたい放題されている状態だ。

 こちらから打って出る手はない。


 少なくとも、現状のクリスに手はない。


(しばらくはこのままかな……)


 一応、陰の使い方を覚えたことで、深夜の魔術襲撃も防げるようになった。

 あとは曲者を見つけるだけだ。





 夜になっても、まだシャーロットへの襲撃は続いていた。

 もう何十度も魔術を放たれ、その度にクリスがシャーロットを回復した。


 相手の攻撃がいつまで続くのか。

 そんな不安からか、シャーロットは完全に衰弱してしまっていた。


「ねえ、クリス。あたし、いつまでこうなのかしら……」

「さあ」

「そういう時は、嘘でもいいから『すぐに終わる』とか言うものよ!」

「僕は生まれてから、一度も嘘を吐いたことがない正直者だから……」

「もうそれが嘘じゃない……」

「バレた?」

「莫迦ね、当然よ」


 下らない会話で場が少し和んだ。

 その時、シャーロットがベッドに倒れ込んだ。


 クリスがすぐに回復魔術をかける。

 しかし、彼女は起き上がらない。


 不思議に思い、シャーロットをのぞき込む。

 彼女の顔には苦悶が浮かんでいない。

 どうやら、緊張の糸がほぐれたからか、眠ってしまったらしい。


(これは……チャンスだ!)


 クリスはゆっくり立ち上がり、シャーロットの横に陰を置いた。


「君はシャーロットになにかあれば、魔術で回復する役だ」

「(きゅ?)」(ご主人様は?)

「僕は…………そう、捜索に行ってくる! 悪い奴を捕らえる役だ!」

「(きゅきゅ!)」(ご主人様、かっこいい!)

「ふふん、そうでしょ? じゃあ、シャロのことは頼んだよ?」

「(きゅっ!)」(任されました!)


 陰がしっかり状況を呑み込んだのを確認して、クリスは自らに魔術をかけた。


「≪ハイド≫≪フライ≫」


 姿が隠れ、体が浮かび上がる。

 そのままゆっくりと、窓の外へと移動した。


 陰に言った「悪い奴を捕らえる」というのは、ただの嘘だ。

 しかし嘘も方便。目的を果たすためには、嘘が必要な場合もあるのだ!

 そう、心の中で言い訳をする。


 実際のところはシャーロットの部屋に半日軟禁されていたので、ただ外の空気が吸いたくなっただけである。

 ――外の空気を吸いながら、新しい魔術を使いたい。


 クリスは宙を舞いながら、王城を観察する。

 王城が、視界に入りきらない。とてつもなく巨大な建物だ。


 王城を眺めて、次にクリスは首都を見た。


「どの辺に行けば、魔術が使えるかな……」


 魔術はなるべく、人気のない場所で使いたい。

 だが王城の周辺には円形に町が広がっている。


 人気のない場所まで行くのに、今のフライだとかなりの時間がかかりそうだ。

 行って戻るだけでも、日を跨ぎそうだ。


 日を跨いでの行動は、さしものクリスも難しい。

 スキルボードで様々な魔術を身につけたとはいえ、まだ12才だ。眠気には抗えない。

 無理に行動しようとすれば、どこかで睡魔に負けて眠ってしまう可能性が高かった。


「うーん。今日は無理そうだなあ」


 魔術の試験を諦めた、その時だった。

 王城の外の隅っこに、なにやら動く物影を発見した。


 その影は、まるでクリスが生みだした『シャドウ・サーバント』のようだった。


「あれっ、いつ逃げ出したんだろう?」


 先ほど作った陰はまだ、シャーロットの部屋にいる。

 その気配が、マナのラインを通じて感じられる。


「んー? ああ、もしかして昼間に作った陰かな」


 消えろと念じながらパチン、と指を鳴らす。

 だが、陰は消えない。


 どうやら陰とパイプラインが繋がりがないようだ。

 だから、その陰にはクリスの命令が届かない。


「このままだと、さすがに不味いよね」


 王城は現在緊急時下である。

 この陰が見つかれば、無用な騒ぎを起こしてしまうかもしれない。


 クリスはスキルボードを取り出し、パラメーターを調節。

 ほどよい魔術を開発し、それを使用した。


「≪ホーリー(極小)≫」


 次の瞬間。


 ――カッ!!


 まばゆい光が瞬いた。


 放たれたのは、威力と範囲を1に止めた光属性の上級魔術だ。

 属性は火でも水でも良かったのだが、闇に通じない可能性を考慮して光にした。


 光は闇を打ち消す属性だ。

 きっと一撃で陰を消せるだろう。

 その予想が的中。

 陰が綺麗さっぱり消え去った。

 しかし、


「――あっ!」


 ホーリーは自らの隠密魔術(闇属性だ)さえも打ち消してしまった。

 慌ててハイドをかけ直す。


「ああ、ビックリした。まさかハイドが消えるとは思ってなかった」


 動いても解けないようになっていたため、油断していた。

 もし解けたことにさえ気付いていなければ、誰かに姿を発見されていただろう。


『殿下をほっぽり出して何をしていたのだ!!』


 カンカンに怒る父親の姿が目に浮かぶ。

 ぶるりと身を震わせ、クリスは逃げるような速度でシャーロットの部屋へと戻っていったのだった。

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