第31話 驚愕の一報から一夜明け
国王陛下ローレンツ・ゼルブルグの下に一報が飛び込んだのは、夜半を過ぎた頃だった。
「夜分遅くに失礼いたします。陛下、賊が見つかりました!」
「なにっ!?」
それは、ローレンツが待ちわびた報せだった。
即座にベッドから起き上がり、伝令の近衛に歩み寄った。
「それは真か?」
「はっ! 庭園の中、殿下の部屋の直下にて、身元不明の――おそらく男が倒れているのを発見いたしました。その者がこれを」
近衛が古びた鏡を取り出した。
鏡はかなり古びており、鏡面も砕け散っている。
「これは――!」
この鏡には、覚えがあった。
帝国の国宝だ。
「アレクシア帝国め、やってくれおったな……」
国宝は基本的に、一般に公開されてはいない。
だがローレンツが放った影が、国宝の――特に危険なものは情報を入手している。
その情報の中に、似たものがあった。
呪殺の鏡――暗殺用の魔導具だ。
これを持ち出してくるとは、帝国はいよいよ王国と事を構えるつもりなのか。
「帝国の間者か」
「おそらくは」
「どうやって忍び込んだ?」
ギロリ、近衛を睨み付ける。
警備に穴があったのではないか、と問うているのだ。
「じゅ、巡回の総点検をしましたが、穴は見つかりませんでした」
近衛の声はかなりうわずっていた。
顔も青ざめてしまっている。
いまはかなり頼りなく見えるが、近衛はエリートだ。
その彼が『穴がない』と言うのなら、本当にないのだろう。それだけローレンツは、近衛を信頼していた。
「侵入経路は?」
「まだ、見つかっておりません」
「賊が見つかった経緯は」
「そ、それが……」
そこまで明朗だった近衛が、ここへきて初めて口ごもった。
まさか、たまたま見つけただけか?
そのような愚を、この間者が犯すだろうか?
ローレンツは眉根を寄せる。
「突如、空に光が走りまして、おそらくその光が、この間者を殺したものと推測されます」
「ふむ。先ほど『おそらく男』と言ったが、よもやその光が、男を検分不能にしたのか?」
「いいえ。その、原因は不明ですが、男は魔物化しておりまして……」
「なるほど」
男は『呪殺の鏡』を使ったが、それが度々跳ね返された。そのため呪い返しに遭い、魔物化したのだろう。
性別の判別が困難だったのはそのためだ。
「その光は魔術だな?」
「おそらくは」
「誰が放ったものかはわかっているか?」
魔物化した人を殺すほどの魔術だ。
放った者を見つけなければ、次に殺されるのは自分たちかもしれない。
「……はい」
「それは誰だ? 捕まえたのか?」
「いえ」
「何故捕まえなかった!?」
「危険はないと判断し、まずは陛下にご報告をと思いまして……」
「むっ、危険はない? どういうことだ?」
「は、はい。実は、光を見た直後、空を見上げた所、その、少年が空に浮いておりまして……」
「はあ……?」
そんな馬鹿な。
困惑するローレンツに、近衛が続けた。
「空に浮かんだ少年は、あの、クリス・フォードでございます」
「クリス……だとっ!?」
「はっ。状況的にあの少年が魔術を放ち、間者を打ち倒し、呪いの魔導具を破壊。この事件を解決に導いたかと」
「……そんな馬鹿な」
ローレンツの思考は、突然のクリス登場によって真っ白に染め上げられたのだった。
○
翌日、謁見の間に中央貴族の面々が勢揃いした。
皆の前に姿を現したローレンツは、厳かに第一声を放つ。
「昨日、娘のシャーロットが間者の手により暗殺されるところであった」
「「「「――ッ!」」」」
貴族の面々が、それぞれ驚いたような表情を浮かべた。
だがその驚きは、王族の暗殺というニュースに対して少々弱い。
(こやつらめ、既に情報を手に入れておったか)
無理からぬはなしだ。
何故なら中央貴族は、王城にそれぞれ個室を与えられている。
王城に詰めてさえいれば、容易く騒ぎを嗅ぎつけられる。
「陛下。失礼ながら、その賊は捕らえたのでしょうか?」
「うむ。賊は夜半過ぎに捕らえられた。調査の結果、その者は帝国の間者であることがわかった」
「「「「――ッ!?」」」」
どうやら、この情報はまだ入手していなかったらしい。
貴族が浮かべた驚愕は、先ほどの何倍も大きかった。
「まさか帝国が……」「いよいよ攻めてくるのか?」「一体どこから――」「今から領兵を借り上げるか?」「それでは国庫が持たぬ」「領の治安が悪化するだろう」「しかし何故――」
「静まれ! 陛下の御前であるぞ!!」
にわかに騒がしくなった謁見の間を、宰相パトリックの声が貫いた。
皆が一瞬にして静まり、再び重々しい空気に満たされた。
(誰も、シャーロットの無事を確認する者はおらぬか……)
暗殺されかけたというのに、誰も娘の心配をしてくれないことに、ローレンツは激しく心を痛めた。
だがそれをおくびにも出さず、口を開けた。
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