第23話 想像にもない褒美
恐ろしく広い空間だ。
天井も、実家の三倍以上あるだろう。
壁や天井には豪奢な彫刻が、これでもかというくらい彫られている。
その光景を眺めながら歩いていると、真ん中あたりでヴァンが立ち止まった。
それに習い、クリスも足を止めた。
○
「よく来たな。ヴァン・フォード。そしてクリス・フォードよ。陛下が参られるまで、しばし頭を下げて待たれよ」
声を発したのは、玉座の横にいる宰相パトリックだった。
普段、様々な声を聞いているが、彼の声には独特な力があった。
まるで、『従わなければいけない』と思わされるプレッシャーがあるのだ。
声に従い、ヴァンは片膝を突き、頭を垂れた。
横ではクリスも、ヴァンと同じような姿勢になっている。
それを見て、ヴァンはほっと胸をなで下ろした。
まずは、第一段階クリアである。
(本当に、大丈夫なのだろうな?)
我が子ながら、不安でしかたがない。
陛下への礼を失すれば、フォード家への心象が最悪になってしまう。
そうなれば、今後、フォード領は王国からの援助を期待出来なくなる。
(頼むクリス。今日くらいは真面目な子であってくれ!)
頭を垂れながら、ヴァンは必死に祈るのだった。
謁見の間には現在、ヴァンとクリス、そしてパトリックの姿しかなかった。
ちらり横目で伺うが、城務めの中央貴族の姿は誰もいなかった。
(……おかしいな。謁見ならば、中央貴族が集まるはずなのだが)
中央貴族は領地を持たない。そのため、常に王都で生活している。
主に国政に携わる、陛下を支えている貴族だ。
今日の謁見は、正式なものだったはずだ。
にも拘わらず、貴族の姿がないのは妙である。
ヴァンが考えている間にも、謁見の間の奥の扉から近衛兵がぞろぞろと姿を現した。
近衛兵が縦二列に並び終わったその時だった。
謁見の間の空気が変わった。
「――ッ!」
ピリっと張り詰めた空気に、ヴァンは息を飲んだ。
国王陛下が謁見の間に足を踏み入れた。ただそれだけで、この空気の変わりようだ。
ヴァンはごくりと唾を飲み込んだ。
陛下にはこれまで、何度か謁見している。
だが何度謁見しようとも、この重圧には慣れそうにない。
ただそこに在る。
それだけで、この迫力。
(恐ろしいお方だ……)
ヴァンは陛下への畏敬の念を新たにした。
奥の扉から現われたのは、陛下だけではなかった。
(足音から察するに、三人、か? となると、残るは王妃様と殿下か)
三人で出て来たということは、王家として迎え入れる意思の表れだ。
それだけで、ただの謁見よりも重要な場であることが理解出来る。
(しかし、ならば何故中央貴族がいないのだ?)
王家の三人が出ているのに、中央貴族が顔を見せないのは明らかに不自然だった。
ヴァンが困惑している間にも、国王が玉座へと着座した。
その横を、王妃と殿下が固めた。
「此度の一件、見事であった」
その言葉は、実際の位置よりも遙か高みから降りてきたかのように感じられた。
唾を飲むことさえためらわれる程の緊張感。
存在感の重圧で、息が苦しい。
ヴァンはさらにかしこまり、床に着くほど頭を垂らした。
「ヴァンが持参した報告書により、おおよその状況は把握しておる。クリス・フォードよ、面を上げよ」
(来たッ!! ……頼む、顔を上げてくれるなよ!?)
ヴァンの背中に冷たい汗が流れる。
横目でクリスを確認する。
彼はそのままの姿勢を取っている。顔を上げる様子はない。
(……よかった)
言いつけを守ってくれたことに、ほっと胸をなで下ろした。
ここで顔を上げれば、どんな目に遭っていたか……。考えるとぞっとする。
「クリス・フォードよ。構わん、余に顔を見せよ」
「はい」
二度目の許可を頂き、クリスが顔を上げた。
ここまでは、パーフェクトだ。
先ほど、ヴァンの忠告を右から左に流していたとは思えない。
(やれば出来るじゃないか!)
ヴァンの中では今まさに、クリス株がうなぎ登り。
しかしそれは、捨て猫を拾った悪人が善人に思えるのと同じ、ただのゲイン効果だ。
いずれガクンと落下するだろう。
「汝が悪魔を倒さねば、何千、何万という民が命を失っていたやもしれぬ。よくやった、クリス・フォード」
「はい」
「悪魔殺しは、世界でも類を見ぬ功績だ。よって汝には、余ローレンツ・デュ・ゼルブルグ二十六世の名において、二等ロイヤル・ゼルブルグ勲章を授ける」
「「「――ッ!!」」」
陛下の言葉に、ヴァンは己の耳を疑った。
ロイヤル・ゼルブルグ勲章とは、ゼルブルグに対して多大なる貢献をもたらした者に与えられる、最高峰の勲章だ。
中でも二等勲章は、十年に一度と言われる素晴らしい功績を挙げた者にしか与えられない。
一等は王族にしか与えられないので、二等は実質、王族以外が受け取れる最高の勲章だった。
陛下が口にした瞬間、近衛兵たちの間に動揺が走ったのを、ヴァンは見逃さなかった。
どうやらこのことは、誰にも知らされていなかったようだ。
若干十二才の少年が二等勲章を与えられることなど、この千年を超えるゼルブルグ王国史上初めての栄誉だ。
世界にクリスの名が轟くのも、時間の問題だろう。
(と、とんでもないことになった……)
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