第22話 詰め込み教育

 客間には誰もいない。ヴァンもまだ戻って来ていない。

 これは、チャンスである。


 クリスはスキルボードを顕現させ、手早く魔術を作成していく。


「へぇ、闇魔術も結構面白いのが揃ってるなあ」


 一先ず興味を惹いた魔術をセットして、パラメーターを変更する。


■魔法コスト:103/9999

■属性:【闇(シャドウ・サーバント)】+

■強化度

 威力:1▲ 飛距離:― 範囲:― 抵抗性:1▲ 数:1▲


「なるほど。ものによってはパラメーターが強化出来ない魔術もあるのか」


 今回セットしたシャドウ・サーバントは、飛距離と範囲が設定出来ないものだった。

 おそらく、この魔術に飛距離と範囲の概念が存在しないのだろう。


 一応、王城で使うことを想定して、強化度は最小限に留めておく。

 作成した魔術を登録し、クリスは早速魔術を使用する。


「シャドウ・サーバント!」


 マナが組み上がり、魔術が発動。

 掌から、小さな陰が飛び出した。


「(もきゅ?)」


 それは、人型の陰だった。

 陰はまるで意思を宿しているかのように、クリスを見上げて首を傾げた。

『なにかご注文はありますか?』といった仕草に見える。


 陰は言葉を発しなかったが、なにを言いたいのかが理解出来た。

 陰とはマナのラインが繋がっており、そこから意思が流れ込んでくるのだ。


「んー、特にないかな」

「(きゅっきゅっ!)」

「いや、今はまだ良いよ」

「(しゅん……)」

「ごめんね」


 陰はクリスのお世話をしたがっていたが、今はなにもやらせてあげられるものはない。

 申し訳ないと思いつつ、クリスは肩を落とした陰を消した。


「シャドウ・サーバントは、陰の形をした小間使いを召喚する魔術なのか」


 陰になにが出来るかはわからないが、いろんな使い道がありそうだ。

 家に帰ったら陰の試験を行おう。

 そう記憶にメモを付けて、次の魔術をセットする。


■魔法コスト:210/9999

■属性:【闇(ハイド)】+

■強化度

 威力:― 飛距離:― 範囲:5 抵抗性:5▲ 数:―

■特殊能力:【隠密】


 次は、姿隠しの魔術だ。

 使って見たところ、自分の姿が鏡に映らなくなった。


「これは、父上から逃げる時に使えそうだ!」


 この魔術があれば、今回のように強制的な同行すらも、隠れてやり過ごすことが出来るかもしれない。


「ああ、父上に呼ばれる前にこの魔術を完成させておけばよかったなあ……あっ」


 身じろぎしたところで、ハイドが解除されてしまった。

 どうやら、ある一定以上の速度で動くと、魔術が解けてしまうらしい。


「抵抗性をあげたら解けにくくなるかな?」


 強化値を上げて、再度使用。

 すると、今度は同じ程度の動きではハイドが解けなくなっていた。


 軽くその場で飛び跳ねてみる。

 だがハイドは解除されなかった。


「よしっ、これなら大丈夫そうだ」


 走って逃げている時でも使えるかもしれない。

 色々と面倒事を背負いたくないクリスにとって、非常に有用な魔術となった。


 他にも色々魔術をセットしていると、バタンと音を立てて客間の扉が開かれた。


「クリス。謁見の時間だ。行くぞ」

「……トイレに行きたい」

「戻って来てから行け」

「漏れそうなんだけど」

「我慢しろ」

「……はい」


 作っていた魔術がまだ中途半端な状態だ。

 だが、待ってくれそうな気配がない。

 これ以上時間稼ぎをすれば、殴られそうだ。


 仕方なく、クリスはスキルボードを消して、立ち上がった。


「よいか、クリス。決して口答えをするなよ。なにを言われても、『はい』と答えるのだ」

「はい」

「陛下が見えられたら、頭を下げるのだぞ? 顔を見せろと言われても、一度目で顔を上げるなよ?」

「はい」

「二度目に顔を見せろと言われたら、顔を上げるのだぞ?」

「はい」

「…………夕食はなにを食べる?」

「はい」

「殴るぞ?」


 父が拳を固めたのを見て、クリスは素早く頭をガードする。

 何故、言いつけに従っているだけで殴られそうにならなければいけないのか。理不尽だ。


「あまり巫山戯るな」

「巫山戯てないよ。何を言われても『はい』と答えろって言ったのは父さんだよ」

「それは陛下に、だ! それくらいわかれ」

「はあ」

「本当に、お前の対応次第でフォード家の命運が決まるのだ。くれぐれも、軽薄な行動は慎んでくれよ?」

「はあ」


 クリスは曖昧に頷いた。

 そもそも、わざと軽薄な行動を取った覚えはない。

 クリスはいつだって、自分に素直に生きているだけである。


 陛下との謁見に際する注意事項を、ヴァンが事細かに説明してくれた。

 その説明が、右から左に抜けて消えていく。


「ちゃんと聞いているのか?」

「はい」

「では、俺は最後になんと言った?」

「……『俺は最後になんと言った』?」

「やはり、無駄だったな」


 ヴァンががくっと肩を落とした。


 あまり詰め込まれても、興味のないことは覚えられない。

 これが魔術についてなら、一言一句忘れない自信があるのだが。


 あれよあれよと言う間に、謁見の間に到着した。

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