第21話 幼馴染みのシャーロット

 フォード領から馬車で走ること三日。クリスらはゼルブルグ王国の首都に到着した。

 そこからさらに馬車を走らせ、半日ほどで王城に到着。


 クリスは痛くなったお尻を撫でながら、王城への門をくぐり抜ける。


「馬車旅は疲れたか?」

「うん。馬車って最悪の乗り物だね」


 馬車の振動で、体中が悲鳴を上げている。

 途中、あまりの振動に体がバラバラになってしまうのではないか、と思った程である。


 クリスにとって、これが初めての馬車旅だった。


 ダメージを負っているクリスとは違い、ヴァンにはあまり疲労の色が見られない。

 そもそもの体の出来が違うからかだろう。強い体が羨ましい。


(魔術で回復するか)


 さすがに体がガタガタなので、こっそりヒールを使用。

 体から痛みと疲労が一瞬で抜け落ちた。


(こんなことなら、強引にフライで飛んでくればよかったなあ)


 途中、クリスは何度かヴァンに、『一人で王城に向かって良いか?』と尋ねた。

 フライを使えば、馬車よりも体に負担が掛からないからだ。


 しかし、クリスの申し出は即時却下されてしまった。

 逃げ出そうとしていると思ったのかもしれない。


(信用されてないなあ)


 こうなったら、クリスはどこへも逃げない。

 最低限の常識はわきまえている。


 ただ、魔術の開発に夢中になって、ちょっとだけ到着が遅れる可能性があるだけだ。


 さておき、クリスにとって、人生で初めての登城だ。

 城の大きさに目を瞬かせながら、とてつもなく長い通路を歩いて行く。


 その道中で、ヴァンが一人の文官に呼び止められた。

 なにやら小声で会話をしているが、クリスには聞き取れない。


「……クリス。済まないが、一人で客間に向かってくれ」

「うん。えっと、僕らの客間はどこ?」

「ここをまっすぐ行けば、使用人が立っているはずだ。その者が案内してくれるだろう」

「はぁい」


 父に言われて、クリスはまっすぐ歩みを進める。

 その道中、ふとなにかを感じた。


「……?」


 視線か、あるいは気配か。

 どうも、魔術の発動に近い感覚だった気がした。


 だが、何かが起こる気配を感じない。


「気のせいだったかな?」


 首を傾げた、その時だった。

 通路の向こう側から、美しいドレスを身に纏った少女が現われた。


 少女はきょろきょろと、何かを探すように視線を彷徨わせていた。

 その瞳が、クリスを捉えた。

 途端にこちらへと、足早に近づいてくる。


「あら、久しぶりね」

「……どうも」


 少女の名はシャーロット。

 昔から度々、フォード家を訪れたことのある幼馴染みだ。


 年が近いせいか、クリスは彼女によく絡まれている。


「相変わらず、緊張感のない顔をしているわね。男女のクリスくん」

「ははは、シャロは元気そうだね」


 シャーロットは、顔を見れば噛みつく狂犬のようだ。

 なににつけ、クリスに喧嘩を売りに来る。


 だがそれは親しみの証である。

 彼女にはこのように、気軽に話しかけられる相手がいないのだ。

 可哀想に。


「いま、なにかとんでもなく失礼なこと、考えてなかった?」

「ううん、全然だよ」

「あらそう。それで、今日はどうしてあなたがここにいるの? ついに処刑でもされるのかしら?」

「まあ、そんなところかな」

「うそっ!? 冗談だったのに……。どうして? あなた一体、なにをやったのよ!?」


 挑発を適当に流したら、シャーロットが青ざめてしまった。

 クリスのことを本気で心配している。


 こういう姿を見ると、彼女がとても善人であることがわかる。

 だからクリスは、彼女に好き放題に言われるに任せている。


 強い言葉は、弱さの裏返しなのだ。


「冗談だよ。処刑はされない」

「そう、よかっ……じゃない。ふ、ふんっ! 寿命が延びてよかったわね!」

「うんうん、そうだね。それで、シャロはなにをしているの?」

「あ、あたし? あたしは…………散歩よ!」

「そう? 誰かを探してたみたいだけど」

「べべ、別にあなたを探して歩いてたわけじゃないからっ!」

「うんうん、そうだね」


 まさか自分を探して歩いていたなどとは思っていない。

 彼女も、さすがにそこまで暇ではないはずだ。


「シャロは忙しそうだからね」

「そ、そうよ。あたしは忙しいんだから! 今日だって、大事な予定が入っているんだから!」

「そうなんだ。頑張ってね」

「うん!」

「それじゃあね」

「えっ、あっ……」


 シャーロットと別れて、クリスはやっと自分たちにあてがわれた客間にたどり着いた。


「そういえば、シャロは結局なにをしてたんだろう?」


 本当に散歩をしていただけなのか。

 だとしたら、実は結構暇なのかもしれない。


「羨ましい」


 クリスも、猛烈に暇が欲しい。

 特にいま、アリンコを倒して新たな魔術が手に入ったばかりなのだ。

 もし王城に呼ばれていなければ、昼夜を問わず新しい魔術を開発していただろう。


「スキルボード、弄りたいなあ……」


 アリンコを倒してから三日が経った。

 その間、クリスはずっとヴァンと共にいたため、スキルボードを触れなかった。


 スキルボードそのものはヴァンには見えない。

 だがクリスの動きは見えるので、もしスキルボードを弄ればヴァンは『いよいよクリスがおかしくなった』と思うに違いない。


 そう思われないためにも、ぐっと堪えてきたが、もう限界だ。


「弄っていいよね?」

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