第20話 今後が不安

「まったく、やってくれたな」


 クリスを前にして、ヴァンは深々と息を吐き出した。


 封印碑の存在は、次期領主となった時点で知らされていた。


 それは魔導世紀時代のものであり、中には悪魔が封印されている。

 悪魔は一体いるだけでも、一国が滅ぶ厄災だ。絶対に封印を解除してはならない。


 だが、悪魔をどこに封印したかの情報は、とうの昔に失われてしまっている。

 そのため、もし土地を開墾する場合は、封印碑の存在に気をつける他ないのだ。


 無論、ヴァンは此度の開墾で封印碑が見つかる可能性を考慮していた。

 スティーヴを視察に向かわせたのは、領民を封印碑に近づけないためだ。


 しかし、こちらが打った手は僅かに遅かった。

 何者かが封印を解除してしまい、悪魔が復活した。


 ――復活したはずだと、思っていた。


 だが実際には、封印を解かれた悪魔はクリスにより撃退されてしまった。


 まるで、夢を見ているかのような急展開である。

 悪魔を討伐してしまうなど、にわかには信じられない。

 しかしクリスは、悪魔を討伐すると出現すると言われている『宝具』を持っていた。


 間違いなく、悪魔は打ち倒されたのだ。


 結果、対悪魔への備えはすべて無駄になってしまった。

 王国への派兵要請も、即時取り消しである。


 ヴァンの対応は領主として完璧だった。

 しかし、慌てた自分が馬鹿みたいに思えてくる結末である。


「やるなら、初めからやると、俺に伝えてくれ」

「いやあ、僕はなにかやったつもりは――」

「そもそも何故お前は、いの一番に動けた? 封印碑が破損しているという急報が入ったのは、今朝のことだったのだぞ? 俺よりも早く情報を入手していたのは何故だ?」

「僕はなにも知らないですよ?」


 クリスが曖昧な笑みを浮かべた。

 いつもならば、「このでくの坊め」とスルーしてしまっただろう。

 だがヴァンは既に、彼の力の一端を知ってしまった。


 領地問題の解決に、悪魔出現での働き。

 まるで、隠密を飼っているかのように、クリスは初動が素早かった。


 問題や悪魔について何も知らずに、これほど迅速に行動出来るだろうか?

 ――いいや、出来るはずがない!


(白々しい奴め)


 どうせ、とぼけているのは、情報収集能力を悟らせないためだろう。


「そのぉ、封印碑って、なに?」

「……ああ、お前には伝えていなかったな」


 そもそも跡継ぎにはならないだろうクリスには、初めからなにも伝えていなかった。


(まあ、クリスに伝えても問題あるまい)


 そう判断し、ヴァンは領主と、次期領主しか知り得ない封印碑についての情報を明かした。


「――というわけだ。新たに見つかった封印碑は、何者かの手により解かれてしまった。おおかた、作業に入っていた農民が、邪魔だと思って壊してしまったのだろう。……ん、どうしたクリス。顔色が悪いな?」

「……う、ううん、なんでもないよ?」


 封印碑の話をしていると、みるみるクリスの顔色が青くなっていった。

 額には、脂汗が滲んでいる。


 悪魔を倒した戦いの疲労が、今頃出て来たものか。


 戦闘直後は、興奮しているせいで自分の疲れに気付かない。

 その後、緊張が解けたところで、疲労が一気に襲ってくる。


 自身にもその手の経験があるヴァンは、クリスの変調を内心案じた。


(悪魔を倒すほどの戦闘を行った後だ。無理もない)


「疲れているところ悪いが、休む暇はないと思えよ」

「なんで?」

「父上、陛下より急報がありました!」


 クリスが首を傾げた時、丁度タイミング良く部屋にスティーヴが現われた。

 その手には、国王の印が押された紙が握りしめられている。

 伝送魔術により、国王から手紙が送られてきたのだ。


「読み上げよ」

「はっ! 事の顛末の報告に、至急、領主と、悪魔殺しの子は登城せよ、とのことです」

「やはりな」


 ヴァンから国軍の派兵を願い出て、それを急遽取りやめた手前、出頭命令はあるだろうと予測していた。

 無論、悪魔殺しのクリスも同様だ。


 悪魔は国を滅ぼす厄災だ。

 その悪魔が本当に倒されたか否か、国を預かるものならば、直接確かようと思うのが道理である。


 もし悪魔殺しが正式に認められれば、クリスは一躍名を挙げるだろう。

 自分の子だと思うと、大変名誉なことである。

 唯一残念なのは、彼を廃嫡してしまったことだ。


(なんとか、廃嫡を取り消せまいか……?)


 考えるけれど、非常に難しい選択だ。

 何故ならクリスの廃嫡は、家人たちの目の前で、大々的に行ったことだからだ。

 また王国側にも、既に廃嫡は伝えている。

 未練はあるが、もう後戻りは出来ない。


 気を取り直し、ヴァンはクリスに告げた。


「というわけだ。クリス、王城へ向かうぞ」

「えっ、もしかして今すぐ?」

「当然だ」

「僕、やりたいことがあるんだけど」

「後にしろ」

「…………代理を立てちゃ駄目?」

「国に喧嘩を売るつもりかお前は?」


 国王の指名を、なんと心得ているものやら……。

 クリスの言動には、頭が痛くさせられる。


 このままクリスを国王陛下に合わせたら、とんでもないことを口にしてしまうのではないか?

 もし陛下の逆鱗に触れようものなら、最悪処刑させられるだろう。


(不安だ……)


 ヴァンの頭痛は、益々重くなっていくのであった。

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