第19話 父上からは逃げられないっ!
「ああ、楽しかったぁ!」
亜空間が崩壊し、現実世界に戻ったクリスは、大きくノビをした。
これまで、様々な魔術を生み出してきた。
無論、スキルボードで出来る最強と思われる攻撃魔術も、遊び半分で作っていた。
■魔法コスト:3000/9999
■属性:【火(灼熱獄炎(フレア))】【水(氷牢(フリーズプリズン))】【土(崩地壊脈(グランドコラプス))】【風(轟雷(サンドラ))】【光(神罰(ジャッジメント))】
■強化度
威力:MAX 飛距離:MAX 範囲:MAX 抵抗性:MAX
■特殊能力:【追尾】
■名前:【燼滅の極光(アストラル・パニッシュ)】
すべての最強魔術を融合したらどうなるんだろう? という発想で作ってみたが、これまで使いどころがまったくなかった。
そもそも、単一の上級魔術ですら、大地に穴を穿つほどだったのだ。
これだけ詰め込んだ魔術など、使い道がないように思われた。
あの悪魔が現われるまでは。
「アリンコさん、魔術の試し撃ちをさせてくれるなんて、良い人だったなあ」
心の中で感謝を述べる。
そのアリンコさんはといえば、魔術を受けて消滅してしまった。
相手は悪魔と名乗っていたが、その正体についてクリスはよく知らない。
もし魔術書以外の本を読んでいれば、悪魔について書かれた書物を読んでいたかもしれない。だがクリスは魔術以外には興味がなかったため、いずれも目を通してはいない。
「あっ、しまった」
ふと、クリスは気がついた。
「アリンコさんに、あの空間魔法を教えてもらえばよかった!」
どの魔術を、どれくらいの強さで合成すれば良いのか、聞いてから魔術を撃てばよかった。
しかし後悔先に立たず。アリンコさんは消滅してしまった。
「まあ、ああいう魔術があるってわかったし、いつか使えるようになるかな」
亜空間魔術はクリスの最強魔術ですら、外界への影響を完全にシャットアウトした。
これが使えるようになれば、今後はどんな魔術も撃ち放題である。
その時、スキルボードが目の前で自動的に開かれた。
『悪魔の力を手に入れました』
『新たな魔術を解放します』
「おおっ、新しい魔術ッ!?」
早速クリスは、スキルボードを確認する。
すると、属性に新たな『闇』が加わっていた。
また、強度に『数』が増えた。この最大値は9999まで上げられるようだ。
他にも、特殊能力に『隠密』が増えた。
「やった、これでまた、新しい魔術が生み出せる!」
新たな力の開放にクリスは笑みを零す。
その時、ふとクリスは大勢の人の気配を感じた。
「――ん?」
振り返ると、そこには百を超える領兵が佇んでいた。
その中心には、父ヴァンとヘンリーの姿がある。
「……ええと?」
状況が飲み込めない。
そもそも、自分がいる場所さえわからない。
混乱しているクリスに、ヴァンが近づいてきた。
「ク、クリス、何故ここにいるのだ?」
「んー、なんでだろう?」
見渡すと、自分がいる場所が理解出来た。
あの、氷結魔術で砕いた、元森があった平地だ。
どうやらアリンコが生みだしたあの亜空間は、ここに繋がっていたようだ。
しかし何故ここなのかが、わからない。
(部屋にいたのに、どうして部屋に戻らないのかな? 不具合?)
魔術の性質に転移が含まれているのは厄介だ。
だが、それを上手く利用すれば、どこへでも自由に移動出来るようになる。
(ああ、やっぱりアリンコさんに魔術のレシピを聞いておくべきだったなあ)
がっくりと肩を落とす。
すると、足下に黒い剣が落ちているのが気がついた。
「ん、これはなんだろう?」
持ち上げると、ヴァンの目つきが変わった。
「まさか、まさかクリス。お前、悪魔を倒したのか!?」
「ええと、うん。たぶん」
父が何故驚いているのかは不明だが、確かに、あのアリンコは自らを悪魔と名乗っていた気がする。
クリスが頷くと、ヴァンがみるみる顔色を変えた。
青から白、赤と変わり、最終的に土気色になった。
「どうして、わかったの?」
「その武器だ。悪魔を倒すと、必ず宝具を落とす。それはおそらく、悪魔の宝具に違いない」
「へえ、そうなんだね」
アリンコを倒したら武器がドロップするなんて、まるで神様の魔法のようである。
父の反応を見る限り、この剣は非常に珍しいようだ。しかし、クリスは剣に興味がない。
部屋にあっても一切使わないので、父に渡してしまうのが一番である。
一応、この場には衆目がある。
クリスは儀礼を守り、片膝を突いて剣を献上するような姿勢となった。
「「「「おおおおッ!!」」」」
その光景に、周囲の領兵たちがざわめいた。
後ろに控えるヘンリーも、驚いたように目を丸めている。
「こちらは父上への献上品にございます。如何様にもお使いくだされば」
「う、うむ。……(クリス、いつそのような儀礼を覚えたんだ?)」
一応、兵士の前では領主という立場がある。たとえ息子でも、職務中は馴れ馴れしく話してはいけない。
なので、誰にも聞こえぬよう小声で話す。
「(父さんが怒りながら教えてくれたでしょ)」
「(俺の話などほとんど聞いてなかったではないか!)」
「(そうだっけ?)」
全く覚えていない。
だが体に染みついているので、親の教育の賜なのだろう。
普段、儀礼を重んじないのは、クリスが権力に一切興味がないからだ。
今後領主になるつもりも、重役になるつもりもない。
だから、良い子ぶって心象を良くしようとは思わない。
ただし、いくら自由に振る舞っていても、それで迷惑をかけてはいけない。
迷惑を掛ければ、クリスの自由が奪われるからだ。
自由とは、責任が伴うものなのだ。
「お、ほんっ! よくやった、クリス。まずは家に戻り、体を休めよ」
「はっ。ありがとうございます」
深々と臣下の礼を取り、クリスはその場を後にし、急ぎ足で家に帰る。
家に入り、自分の部屋が見えてきた時だった。
「クリスッ!」
「あっ……お、お早いお戻りで」
一足先に馬で家に戻っていたヴァンに、首根っこを掴まれた。
衆目を意識しすぎて、フライを使わなかったのが徒になった。
「ちょっと来い!!」
「えっと、僕はちょっと忙しくて――」
「黙れ!」
逃走を試みるも、武人と名高い父に力で敵うはずもない。
クリスはずるずると、執務室へと引きずられていくのだった。
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