第18話 悪魔アルマロス2
「もちろんだよ。オイラに向けて一発だけ、魔術を撃っていいよ」
「うーん。ここ、壊れないかな?」
「この空間は、オイラが魔術で作った亜空間だ。ちょっとやそっとじゃ壊れないから安心していいよ。くっくっく……」
まさか亜空間破壊を心配するとは!
莫迦な奴だ。
そんなことが、人間如きに出来るはずがない。
亜空間破壊が出来るのは、神の僕か、それに連なるハイエルフくらいなものだ。
(しかもこいつ、体のマナがからっけつじゃないか!)
軽く確認した少年の体内には、マナの欠片がこれっぽっちも見つからない。
そんな、無才と思われる少年が虚勢を張っていることがおかしくて、アルマロスはついつい笑ってしまった。
「本当にいいの?」
「もちろんさ。オイラは悪魔だ。約束は必ず守るんだよ。魔術を撃っても、1発だけなら逃げないし、それまでの間はなにもしないよ」
悪魔は決して約束を破らない。
一度締結した約束は、たとえ命を奪われようとも遂行する。
なぜならば、それこそが悪魔をこの世につなぎ止める理だからだ。
約束を破った瞬間、悪魔は悪魔でなくなり、消滅する。
だから、悪魔は約束を守る。
アルマロスが頷くと、少年が手を前にかざした。
「さてさて。どんなお子ちゃま魔術を見せてくれるかなあ」
アルマロスは、魔術士がかつてない権勢を誇っていた時代を跋扈していた。
魔導世紀だ。
その時代には、目の前の少年くらいの年の子が、上級火炎魔術≪フレア≫を発動出来た。
アルマロスも、その技術力には目を剥いた。
しかしその魔術ですら、アルマロスにはなんの痛痒ももたらさなかった。
今目の前にいる少年がどれほどの実力者かはわからない。
だがあれほどの才能は、持ち合わせてはいないだろうと推測する。
(実際、マナはなにも感じな…………ん?)
その時だった。
アルマロスは、空間が軋む音を聞いた。
それはまるで、落雷の直前の静寂のようだった。
これから起こる事象に、空間が、怯えているのだ。
(なん、だとッ!? いやしかし、少年は大したマナは持っていないはず……)
亜空間の異変に、アルマロスは眉根を寄せた。
とはいえ余裕であることには変わりない。
どのような魔術を放たれようと、自分には一切通用しないのだから。
だが、その余裕は数秒もせずに崩れ去った。
目の前で、少年の全身から神々しい光が迸っている。
こんな魔術を、アルマロスは未だかつて見たことがない。
「な、なんだその魔術は!!」
規模は上級を優に超えている。
「最上級……いや、神級かッ!? そんな莫迦なッ!!」
慌てて少年の体を確認する。
そこでやっと、アルマロスは己の過ちに気がついた。
「やはりマナがあるようには、ちっとも見えな……いや、違うッ!!」
少年の体から、マナを感じられなかったのは、それが存在しないからではない。
あまりにマナの量が膨大すぎて、アルマロスの基準ではすぐに掴みきれなかったのだ。
象の大きさを認識出来ない、アリのように……。
相手が少年ということで、甘く見ていたか。
いや、相手が大人であろうと、これほどのマナを持っているなど、アルマロスは想像もしなかったに違いない。
何故ならそれはアルマロスを優に凌ぐ、世界を穿つに十分な量のマナであったからだ!
「な、何故……ッ!!」
困惑している間にも、魔術はみるみる完成に近づいていく。
終息した光の束へと、更にマナが押し込まれていく。
その圧縮率が一定を超えたところで、
――ィィィイイイン!!
魔術が、概念を超越した。
「魔術ではなく〝魔法〟だとっ!? そんなまさか、人間如きが魔法を使うなど――」
「それじゃあ、行くよ!」
かけ声と共に、少年が神の法(まほう)を解き放った。
「ま、待て、それはやめろ。やめてくれ! 俺と少し話を――」
「――≪燼滅の極光(アストラル・パニッシュ)≫!!」
その瞬間、亜空間が引き裂かれた。
アルマロスは、その場から逃げだそうとした。
だが、悪魔のルールが彼を縛る。
『悪魔は決して、約束を違えない』
「しまっ――」
聖なる光がアルマロスに直撃した。
【魔術無効】の権能が必死に抵抗を試みる。
しかし、ただの概念に世界の理――魔法を消滅させられるだけの〝格〟はない。
【魔術無効】は、コンマ一秒も経たずに破られた。
聖なる光が胸を穿つ。
次の瞬間、体の中を破壊の光が駆け巡る。
体中をズタズタにした光が、膨らむ。
そして、破裂。
――ズゥゥゥン!!
激しい衝撃と共に、アルマロスの意識は現世から永遠に失われたのだった。
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