第17話 悪魔アルマロス1

「あれっ……ここ、どこ?」


 部屋の中でスキルボードをピコピコ弄っていたら、ヘンテコな空間に飛ばされた。


 周辺は真っ暗だ。手を伸ばすと、自分の手がやけにハッキリ見えた。

 どうやら闇に覆われているというより、天井壁床が真っ黒な空間というのが近いか。


 一体なにが起こったのかさっぱり理解出来ないが、ただの夢幻でないことはわかる。


 この空間に来る数瞬前に、クリスは僅かにマナを感じた。

 明らかに、魔術発動の気配だ。


 なのでこれは、何者かによる襲撃の可能性が高い。


「でも、なんで僕なんだろう?」


 クリスを狙った所で、王国にも、フォード領にもまるで影響がない。

 下手をしたら、親兄弟にも影響がない可能性がある。(それはそれで哀しいが……)


 そんな影響力皆無なクリスを狙って、相手はなにをしたいのかが、さっぱりわからない。


「こんなに複雑な魔術を使ってるのに、狙いは僕、なの?」


 この空間は複雑な魔術により構築されていた。

 火、水、土、風、光。その全てか、あるいはクリスが知らない属性か。

 一見しただけでは、属性の判別が不明だった。


 並大抵の魔術ではない。

 貴族の三男とはいえ、廃嫡されたクリスを閉じ込めるにはあまりに豪華にすぎる。


「もしかして、スキルボード仲間かな!?」


 仲間出現の可能性に、クリスは胸を高鳴らせた。

 その目の前で、黒い靄が出現した。


 それはみるみる膨らみ、黒山羊の姿が現われた。

 顔は山羊だが、体は人間だ。

 初めて見る謎の生物に、クリスは目を丸くした。


「やあ、初めましてだね」

「山羊が喋った!」

「……そりゃあ、喋るさ。なんたって、オイラは山羊じゃない。悪魔だからね」

「あ、くま……?」

「驚いて声もマトモに声も出ないかな? そりゃそうだよね。ただの人間にとってオイラのような悪魔は、アリンコが見上げる象みたいなものだ。人間とは存在の格が違うんだよね、格がさ」

「……アリンコ?」

「ああ」

「あなたが?」

「お前がだッ!!」


 こめかみに血管を浮かべながら、山羊がその場で地団駄を踏んだ。


「それでアリンコさん――」

「アリンコじゃねぇよ!!」

「――僕に何か用?」

「話を聞け、話を! ……コホン。まあ、用と言えば用だね。君には感謝を伝えたくてね。オイラの封印を解いてくれてありがとう!」

「封印?」


 クリスは首を傾げた。

 彼に感謝されるような何かはしていない……はずだ。

 自信はない。

 知らない間にやらかしている可能性もあるので、断言出来ない。


「そうだよ。ほら、あの森でさ、君が使った魔術で、オイラを封じ込めていた封印碑が壊れたんだよ」

「あー……」


 クリスの顔が引きつった。

 やっぱり自分のせいだったか。


「今日は、本当に素晴らしい日だ。なんたって、オイラが数千年ぶりに地上に復活出来たんだからね! ああ、早く人間を殺したい。オイラを封印した人間を根絶やしにしたい!!」


 ドロドロと、山羊の口から憎悪の言葉が漏れ出した。

 それと共に、空間に怖気が走るほどのマナが満たされる。


 ここにあるマナだけでも、魔術に換算すればフォード領を更地にして余るほどだ。


「さて、数千年封印されていた可哀想なオイラを助けてくれた君に、オイラからプレゼントだよ!」

「アリンコさんから?」

「アリじゃねぇ! オイラはアルマロスだ!!」

「それで、なにをくれるの?」

「プレゼントは、チャンスさ。オイラに一発だけ、なんでも良いから攻撃させてあげる。剣でもいいし、魔術でもいいよ。もし君がオイラを倒せたら、この空間から出してあげる。けど、オイラを倒せなかったら、君の命を頂こう。素敵なプレゼントだろう?」


 アルマロスは慇懃無礼にお辞儀をした。


 それは、決してプレゼントではない。

 ただの殺害予告だ。


 アルマロスの権能は【魔術無効】。

 自分以外の、すべての魔術を無効化する。

 そういう存在としてこの世に生まれ落ちたのだ。

 だからアルマロスは、魔術では殺せない。


 また、悪魔とは概念である。

 概念には、物理攻撃が通用しない。

 つまり彼を倒すことは、人類には不可能なのだ。


 昔から、アルマロスはこうして人を翻弄し、絶望に顔を歪めながら死んでいく様子を楽しんでいた。


 久しぶりに、人間を翻弄する喜びに、口角がつり上がる。


(ああ、この子どもはどんな表情になるんだろう?)

(早くこいつの、絶望を啜りたい!)


「どんな魔術でもいいの?」

「もちろんさ!」

「一発だけ? 二発はだめ?」

「二発はだめ。一発だけだよ」

「そっかあ。じゃあ、どうしようかなぁ」


 自分の封印を解いた子は、キラキラと目を輝かせていた。

 数千年前までは、己を前にした人間は必ず泣き叫び、許しを請うていたというのに。

 時間と共に、アルマロスの名が通用しなくなってしまったのか。嘆かわしい。


(まあ、これからまた、人類を恐怖の底に突き落とせばいい)


 それもまた、これからの楽しみの一つである。 


「ねえアリンコさん」

「アルマロスだッ!!」

「魔術は、思いっきり撃っちゃっていいの?」

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