第6話 メイドのソフィア1

 家に戻ったクリスは、その日一日をビクビクして過ごした。

 というのも、自分の行いを咎められるのではないかと考えたからだ。


 しかし、夕食時に顔を合せた父や兄たちは、いつもと同じようにクリスに接してきた。

 いやむしろ、いつもよりも笑顔の多い一家団欒だった。


 なにか良いことがあったようである。

 何があったのかは分からないが、一先ず彼らの会話に自分の名が出なかったことを、クリスは大層喜んだ。


「よかった。怒られなかった!」


 どうやら身バレは防げたようである。

 しかし、毎回上手く行くとは限らない。


「他にもやりたいことはあるし、今後はもっと遠い場所で実験しよう」


 今回試した魔術は、スキルボードで出来ることの一端でしかない。

 まだまだ、試したいことは山ほどある。


 これからは、人の手が届かないだろう場所で魔術を使うことにする。




「クリス様。湯浴みの準備が整いました」


 ベッドでスキルボードを弄っていると、メイドのソフィアが部屋にやってきた。

 彼女はクリス専属のメイドだ。

 側付きになってからかれこれ6年が経つが、当時から全く若々しさが変わらない。


(ソフィアって、何歳なんだろう?)


 六年前に20歳だったとすれば、現在は26歳だ。

 しかし見た目は当時のまま。20歳の女性にしか見えない。


 さておき、湯浴みである。

 クリスが湯浴みをするのは、決まって皆が寝静まってからだ。


 湯浴みはヴァンが一番最初に入り、次に長男、次男と続く。クリスは一番最後だ。

 本来ならば、もう少し早い時間に湯浴みの順番が回ってくる。

 しかし、やりたいことを優先するせいで、いつも深夜になってしまうのだ。


 ソフィアはそれを理解しているので、クリスの集中力が切れる時間を見計らって声をかけてくれる。

 そのおかげか、彼女の声は一発で耳に入る。


 他のメイドでは、こうは上手くいかない。

 他の者は大抵、集中している時に呼びかけるから、言葉が耳に入らないのだ。


 湯浴みをしながら、クリスはスキルボードを弄る。

 今は湯浴みの最中だと分かってはいる。だが、新しい魔術のアイデアが次から次へと湧き上がってくるものだから、それをすぐに試さずにはいられないのだ。


「光魔術って、いろいろ揃ってるんだなあ」


 対抗魔術、回復魔術、防御魔術など。四大属性に比べてバリエーションが豊富だ。

 また、他に影響を及ぼさないものも多い。


 たとえば湯浴みをしながら調整、発動した≪対毒魔術(アンチドート)≫は、すべてを最大値にして使っても、なんの異変も起こらない。


(ビバ平穏魔術!)


 家にいる間は、このような魔術の開発を主にしよう。

 クリスは微笑みながら、桶に入ったお湯を頭から被った。


「ああ、喉が渇いた」


 スキルボードに夢中になりすぎて、湯浴みが終わるのに、いつもより長い時間がかかってしまった。

 タオルで体を拭いていると、ソフィアが液体で満たされたコップを用意してくれた。


「こちらをどうぞ」

「さすがソフィア、気が利くね」


 コップを手に取り、口に近づける。

 そこでふと、クリスはソフィアの悪癖を思い出した。


(これ、もしかしてソフィアのオリジナルジュースかな?)


 彼女は時々、自身オリジナルの栄養ドリンクを作成する。

 おそらくはクリスの健康を慮ってのことだろう。


 しかし、ドリンクには問題が一つある。

 とにかく不味いのだ。


 何を使っているのかは不明だが、彼女のドリンクは苦い辛いのオンパレードである。

(そのためクリスは内心、これをこっそり『毒』と呼んでいる)


 おまけに、これを飲んだからといって、全然体が楽になった感じがない。

 苦くて辛いけど、体には効かない栄養ドリンク。最低の飲み物である。


 初めはソフィアの気持ちをくみ取って、我慢して飲んでいた。

 だがもうそろそろ、不味いと伝えても良いのではないか? と思いはじめていた。


「ねえソフィア」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る