第7話 メイドのソフィア2

「ねえソフィア」

「は、はい」

「毒はいらないんだけど」

「――ッ!?」


(――あっ)

 うっかり口を滑らせてしまった。


 手作りドリンクが毒と言われたソフィアの唇が、わなわなと震えだした。

 その顔は完全に青ざめている。


(やばい。めっちゃショックを受けてる!)


 慌てたクリスは、必死に頭を働かせる。

 なんとかして、フォローしなければ。

 しかし口を突いて出た言葉は――。


「これ、全然効かないから」


 さらなるダメ押しだった。

 ソフィアの顔色は、もはや土気色だ。


 思ったことが、つい口に出てしまうのはクリスの悪癖だった。

 気をつけているつもりではあるが、なかなか治らない。


 こうなってしまっては、もう言い訳は通用するまい。

 いつも通り、気持ちを切り替える。


 クリスはドリンクをぐいっと飲み干した。


 やはり、想像した通り味は最悪だった。

 だが表情は変えずに、コップをソフィアに返却する。


(うわぁ、口の中が最悪だ)


 いますぐ水ですすぎたい。

 だがそれをぐっと堪えて、クリスは魔術を発動する。


 それは、ドリンクを作ってくれたソフィアへのお礼だった。


(いつも僕のために頑張ってくれてるから、これくらいはしてあげないとね)


 それは、湯浴み中に思いついた魔術だった。

 属性は光。強化は最大。

 呪文(スペル)は魔術書にも載っていた。すべての者に癒やしを与える『完全体整(フルコンディション)』だ。


■魔法コスト:900/9999

■属性:【光(完全体整)】+

■強化度

 威力:MAX 飛距離:MAX 範囲:MAX 抵抗性:MAX


 足下に展開された魔方陣は屋敷を包み、その直上にいたすべての者の体調を完璧に整えた。


 もしここにハイレベルな魔術士がいれば、この場を埋め尽くす癒やしのマナの輝きを目にして、感動にむせび泣いただろう。

 しかし術者でない者には、マナの輝きは目に見えない。


(ソフィアには見えないのか、残念)


 これだけ神々しい光は、なかなかお目にかかれない。

 長年自分に尽くしてくれた彼女には、この光景を見せてあげたかった。


 さておき、この魔術は昼間に使ったものとはまったく真逆の性質だ。

 クリスは昼間勘違いをして、大規模破壊魔法なんぞを使ってしまったが、本来の光属性というのは、このような非破壊の魔術が主である。

 あんな、神の怒りのような魔術ばかりでは決してないのだ。


 クリスが発動した魔術が終わった。

 その時だった。

 ソフィアの首のチョーカーが、ぽろりと床に落下した。


「あっ……」

「えっ?」


 そのチョーカーは、この家に来た時から彼女の首に填まっていたものだ。

 片時も外したところを見たことがないため、クリスはきっと「大切なものなんだなあ」と思っていた。


 それを、魔術で壊してしまった。


(そんな……っ!)


 いま使った魔術は、いっさい物を壊さない。ただ体調を万全にするだけのものだ。

 そう物の本に書いてあった。

 だからその知識を信じて魔術を発動した。


 この魔術で、ソフィアに喜んで貰いたかった。

 体の疲れを癒やして労いたかった。


(まさか、こんなことが起こるなんて……)


 チョーカーが壊れるとは、微塵も想像していなかった。


 ソフィアはというと、落ちたチョーカーを見たまま呆然と立ち尽くしている。

 その目に、みるみる涙があふれ出した。


(やばい。すごくやばい……!!)


 クリスは一気に青ざめた。

 必死に頭を働かせて、修理に使える魔術を探すけど、まったく見つからない。


 こういう時に、どんな言葉をかければ良いかなんて、どんな本にも書いていない。

 慌てに慌てたクリスは、


「このまま消えようなんて思わないでね」

「――ッ!!」

「君はこれからもずっと、僕のメイドだ」


 うっかり最低な台詞を口にして、その場から逃げるように立ち去ったのであった。


 自室へ戻る途中、クリスはがくりと肩を落とした。


「ああ、どうして僕って、こんなに口下手なんだろう……」


 完全に嫌われたな。

 確信したクリスの足取りは、とてつもなく重かったのだった。

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