第8話 暗殺者のソフィア
本日も2話更新
次は18時予定です
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クリスの専属メイドであるソフィアは、北方アレクシア帝国から派遣された間者だった。
フォード家にやってきた理由はただ一つ。クリスを監視し、指示があれば暗殺することだ。
アレクシア帝国にとって、フォード領は蚊ほどの価値もない。
放っておけば自然と消滅する木っ端領だと見ている。
しかし十二年前、国定占術師が『フォード家に神の子が誕生する』という予言をしてから、フォード家を監視するようになった。
事実、フォード家にはその年に、クリスという子が誕生した。
クリスという名は、初代フォード家当主のものだ。
それを受け継がせたということは、フォード家にとっても並々ならぬ存在だということが伺えた。
クリスが誕生してから六年後、ソフィアはフォード家を訪れた。
アレクシア帝国の暗部に、常時監視するよう命じられたのだ。
ソフィアはとても運が良かった。
フォード家の面接ではすぐに内定が出たし、おまけにクリスの側付きにもなれた。
ここまで、ソフィアは暗部の命令を完璧にこなしてきた。
クリスのことは常時監視していたし、その報告を定期的に本国に送ってもいた。
しかし、ソフィアの任務は当初の予定通り進まなかった。
まずクリスには、一切の才能がなかった。
剣術を仕込んでも、その辺の子どもにさえ負けるほど弱いままだったし、魔術だって何人もの家庭教師が匙を投げた。
この報告をもって、クリス暗殺は一時的に凍結させることとなった。
(まあ、いまでくの坊を殺す政治的メリットはありませんから、仕方ありませんね)
それからも、フォード家の入れ込み具合は変わらなかった。
なんと、クリスにエルフの霊薬を飲ませたのだ!
エルフの霊薬は、飲んだ者の魔力を数段階引き上げる効果がある。
普通の人間が飲んだだけで、宮廷魔術士を凌駕するだけの魔力が得られるほど、その効果は強力だ。
しかし霊薬は、地方領主如きが手に入れられるような代物ではない。
それをどうやって入手したのか、クリスの側付きであるソフィアには突き止められなかった。
さておき、クリスは霊薬を飲んだ。
にも拘わらず、彼は一切の魔術が使えなかった。
予言にあった『神の子』と言うのは本当なのか?
さすがに疑わしくなってきた。
クリスの側付きになってから、ソフィアはしばしばクリスに不味いドリンクを飲ませてきた。
それは、適当にその辺で摘んできた野草をすり潰して水に混ぜただけの飲み物だ。
内容物に特段の意味はない。
ここで重要なのは、味なのだ。
ソフィアはいずれ、クリス殺害の指令を受ける。
その時、飲み物に毒を混ぜて暗殺を実行する算段だ。
しかしもし毒の味に気付かれたら、暗殺が失敗する可能性がある。
飲み物を口に含んでも真っ先に毒だと気付かぬよう、ソフィアはあえて不味い飲み物をクリスに与えているのだ。
クリスの廃嫡が決まった当日、ソフィアは本国から暗殺の指令を受け取った。
本国はこれ以上クリスを監視しても、あまり意味がないと判断したのだろう。
この暗殺を最後に、ソフィアの任務が幕引きとなる。
使い魔が運んできた手紙の中には、毒も封入されていた。
それはオークですら一滴で死ぬと呼ばれる劇薬だった。
「これなら、ミスはありませんね……」
ソフィアが準備を完璧に整え、いつものようにクリスの動向を監視していた時だった。
なんと、でくの坊が初めて魔術を使ったではないか!
それも、どの魔術も尋常ではない威力だ。
見た目は初級魔術のようなのに、威力は宮廷魔術士が全力で用いる上級魔術のようだった。
極めつけは、空が落ちたかと思えるほどの光魔術だった。
地面に巨大な穴が空き、そこから水が湧き出した。
――地下水脈にぶつかったのだ。
そんな魔術が放てる者など、この世に存在するだろうか?
――いいや、存在するまい。
常日頃、彼を監視しているソフィアは、あまりの恐怖に体が震えた。
「いままで力を隠していたんですか!?」
そんな気配はまるで感じなかった。
どこからどう見ても、クリスはでくの坊だった。
だが考えてみれば、すべて合点がいく。
クリスは幼い頃から英才教育を受けていた。
何人もの高名な魔術士から、魔術の指導を受けていた。
おまけにエルフの霊薬を飲んだ。
そうして彼はこれまでずっと、書庫に籠もって熱心に魔術書を読んでいた。
これだけのことを行っていて、力が得らないはずがない。
何故彼が魔術を使うまで、ソフィアは彼に『魔術士として大成する、すべての環境が整っている』ことに思い至らなかったのか!
(でくの坊だと、舐めてかかったせいでしょうね……)
ソフィアは頭を抱えた。
(もしかして、力を隠すのが相当上手いんでしょうか?)
可能性はあった。
そもそもソフィアは、生粋の間者ではない。
フォード家を監視するためだけに、急遽躾けられた個体である。
技術は本職には劣る。
だから、クリスの秘めたる才能を見逃していたのだろう。
「こうなったら、確実に殺すしか……」
暗部からの指令は絶対だ。
本当ならば、監視も暗殺もしたくはない。
だがソフィアは命令を、決して拒否出来なかった。
クリスを湯浴みに案内し、その間にソフィアは盃に、一滴でオークを殺せる劇薬をすべて注ぎ込んだ。
そして湯浴みが終わるのを、今か今かと待ちわびた。
しかし、いつまで経ってもクリスの湯浴みが終わらない。
(まさか、私の魂胆を見抜いて!?)
(……いや、さすがに、そんなはずは)
クリスは多くの人たちに祝福されて生まれたものの、全員が匙を投げた程の特級でくの坊である。
運動音痴で、人を食ったような発言をする。
おまけに何を言われてもびくともしないほど鈍感だ。
こんな人物に、自分の目論見がバレるはずがない。
そうソフィアは、自分を落ち着けた。
一時間後。クリスが湯浴みを終えて戻ってきた。
その彼に、すかさず毒杯を渡す。
「さすがソフィア、気が利くね」
いつものように、クリスが杯を受け取った。
杯が口に近づき、ぴたりとその動きが止まった。
(えっ? どうしたの?)
(いつもはすぐに飲み干すのに……)
心拍数がガンガン上昇する。
なにか感づかれたか? いや、彼はいつもと同じだ。
なにか変わった様子は見られない。
しかし何故か、彼はなかなか杯に口を付けない。
(飲んで。お願い飲んで!)
祈るように、その時を待つ。
そのソフィアを、クリスの瞳が射貫いた。
「ねえソフィア」
声をかけれた瞬間、心臓が止まる思いがした。
なんとか平静を装い、口を開く。
「は、はい」
「毒はいらないんだけど」
「――ッ!?」
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