第14話 ノブレスオブリージュ

 質問に答えないクリスに、ヴァンは僅かな苛立ちを覚えていた。

 聞かれたことをはぐらかす癖は、昔からだ。

 だがこう、大事なことをはぐらかされたのでは、かなわない。


(もしクリスがこれほどの魔術が使えると知っていれば……)


 領民からの様々な陳情を、自分の指揮の下、瞬く間に解決出来たはずだ。

 廃嫡してしまった今、ヴァンの強制権はクリスに及ばなくなってしまった。


 継承権という名の特権を失ったクリスに、〈特権は義務を強制するノブレスオブリージュ〉は通じないのだ。


「何故、廃嫡するまで魔術が使えると教えてくれなかった?」


 つい、愚痴のような疑問が口から漏れてしまった。

 クリスはやはり、笑みを浮かべるだけで答えない。


 その笑みを見て、ヴァンはハッとした。


(一体、俺はなにを口にしているんだ……!!)


 今の発言は、クリスを廃嫡する前に魔術が使えることを知っていれば、『その強大な魔術をヴァンは利用していた』という意味を含んでいる。


 自分のものではない力を利用するのは、領主にとって当然の権利だ。

 人間は一人ではなにも出来ない。だが集まれば、いろんなことが出来る。

 集まった力を有効に活用することこそが、領主の仕事である。


 とはいえ、あくまでそれは、『一般的な範疇の能力』に限った話だ。

 クリスのような、大規模な魔術をもし自分の意のままに出来ていたら、もちろん、様々な課題をクリア出来たに違いない。


 しかしヴァンは、その強大な力を見境なく使う暴君となっていただろう。


 事実、強大な力が既に手を離れたことを知り、ヴァンは『その力が自由に使えないこと』を嘆いてしまった。

 近くに力があるだけで、魅了されたのだ。


 ヴァンには、強大な力を御せる器がない。


(それを初めから見抜いていたから、クリスは廃嫡されるまで、力があることを黙っていたのだろうな……)


「すまん、今のは忘れてくれ」

「えっ、あ、はい」

「ああ、そうだ、一つだけ頼みがある」

「……おやつのプリンはあげないよ?」

「誰が欲しがるかっ!!」


 ヴァンは手を机に叩きつけた。

 こちらが真面目な話をしているというのに……。

 頭痛を堪えるように深呼吸を繰返す。


「今後は、なにかやるときは事前に教えてくれ」

「はいっ!」

「……いや、やっぱりやめだ。お前は何もするな」


 良い返事を聞いて、ヴァンは自分の考えを変えた。


 クリスのことだ。

「今起きました」「ご飯を食べます」「トイレに行きます」

 まるで恋人であるかのように、自分の行動すべてを逐一伝えようとするに違いない。


 そんなものを、逐一聞きたくはない。

 なので逆に、彼にはなにもさせないことにした。


 少ししたら賞金首の引き渡しで大金が得られる。

 当面は、自分の力でなんとかする方がよい。

 クリスの力を御す器がないのだから、自由に動かそう――『使おう』と思ってはいけないのだ。


 もし自分達の力ではどうにも駄目になったら、その時に改めてクリスに相談すれば良い。



          ○



「よかった。父さん、あんまり怒ってなかった」


 執務室を出たクリスは、ほっと胸をなで下ろした。

 ヘンリーに引きずられて、父の前に連れて行かれた時は、もうだめだと思ったものだが、人生なんとかなるものである。


 とはいえ、クリスが魔術を使えることは、既に家族の知るところとなった。

 これ以降は、今までのようにバカスカ魔術実験を行うのは難しいだろう。


 もし実験でまた、地形を変えようものならば、今度こそクリスの人生が終了するかもしれない。


「父さんも動くなって言ってたし、しばらくは静かにしてよう」


 今、クリスの手元にはスキルボードがある。

 まだまだ開発していない魔術があるので、しばらくは部屋の中だけでも時間が潰せる。

 無論、人体や建物に影響のない魔術に限定されるが……。


「攻撃魔術を撃ちたくなったら、またコッソリ家を出るかな」


 今度は北の山が良い。

 山のあたりには人がまったく住み着いていない。

 たとえ若干地形が変わろうと、誰の迷惑にもならないはずだ。

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