第63話 ころりころり

 現場視察に訪れたヴァンは、村の光景を目にして、頭が完全に真っ白になった。


「はて、俺たちは違う村に来たのか?」

「い、いえ、ここで間違いありません」


 隣にいるスティーヴは、額に汗を浮かべながらキョロキョロと辺りを見回している。

 どうも、道を間違ったわけではなさそうだ。


 先日、スティーヴから疫病発生の知らせを受けて、ヴァンは真っ先に村の視察を決定。

 本日、疫病が流行っている村に到着した。

 そのはずだった。


 しかしいざ村を訪れると、疫病にかかったと思しき村人は一人も見当たらない。

 皆、元気に村中を歩き回っていた。


 子どもたちなど、馬に乗るヴァンたちの様子を、目をキラキラさせながら遠巻きに眺めている。その顔色は実に良い。

 あれが、疫病に罹っているとは到底思えない。


「スティーヴよ。本当にこの村で疫病が発生したのか?」

「は、はい。間違いなく、疫病の発生を確認しました」

「では何故、皆がぴんぴんしている?」

「お……おかしいですね」


 これでは、病気の者を探す方が難しそうである。

 スティーヴが答えに窮して黙りこんだ。

 その時、村の中から年老いた男性がこちらに向かって歩み寄ってきた。

 ――この村の村長だ。


「これはこれは領主様! ご機嫌麗しゅう!」

「うむ。……して村長よ、一つ尋ねる。この村では疫病が流行っていなかったか?」

「……はい。それはそれは、大変な疫病でした。昨日ピンピンしていた者たちが、コロリコロリと死んでいきましたから」


 疫病の話を振ったところ、これまでにこやかにしていた村長の表情が急変。

 あたかも自分の親族の遺体を目の前にしたかのような、深い悲しみが浮かんでいた。


 その顔を見ただけで、疫病が真実だったこと、そしてこの村長が、村人を愛してやまないことがわかる。


「一見したところ、今現在疫病にかかったと思われる者はいないのだが?」

「はい。それが手前どもも首を傾げておりまして、先日の夕刻ほどに、突然体が軽くなったのです」

「ふ、む?」


(どこかで聞いたような話だな)


 それがなんだったか、ぱっと思い浮かばない。

 なのでまずは、話の続きを聞くことにする。


「病に伏せっていた者も、晩には食べ物を腹いっぱいまで食べられるようになりまして」

「ほう。病は治ったのか?」

「おそらくは……」

「原因はわかるか?」

「……いえ。自分でも信じられない話でして、領主さまにも信じて貰えないかもしれませんが、本当に、手前どもには全く心当たりがありませんのです」

「ふむ」


 人がコロリコロリと倒れる疫病が蔓延していたはずだったが、昨日の夕刻から突如として皆が病から快復した。


「もしかして、領主様は疫病の件でお見えになられたのですか?」

「うむ。その予定だったのだが、な」

「あ、ありがとうございます! 領主さまが手前どものことを、こんなにも大切にしてくださっているとは……うう……」


 完全にノープランのまま、勢いで村に来てしまっただけなのだが、何故か村長から感謝されてしまった。

 嬉しい反面、何もしてないのに感謝されるのは申し訳なくも思う。


 ヴァンは困惑しつつも、頭を働かせる。


(なにか、引っかかるな)


 だが、その引っかかりがなかなか掴めない。

 しばし考えたあと、ヴァンは村の周辺を視察することにした。


「スティーヴよ。お前が事態を見誤ったわけでないことはわかった」

「あ、ありがとうございます」


 隣でスティーヴがほっと安堵の息を吐いた。

 先日しかと確認したはずの疫病が、今朝にはもう失われていたのだから、相当肝を冷やしたはずだ。

 真面目な彼のことだ、どう責任を取るかで頭がいっぱいだったに違いない。


「さて。ではその疫病の原因はなにか、思いつくか?」

「そう、ですね。……まずは水、でしょうか」

「何故だ?」

「この村は、外との交流があまりありません。なので、外から疫病が持ち込まれた可能性は低い。しかし、元気だった者が次々と倒れるくらい、村中で流行ってしまった。ならば、まずは飲み水を疑うのが自然かと」

「上出来だ」


 スティーヴの推測に満足し、ヴァンは深々と頷いた。

 疫病は、水から来る場合が多い。

 特に外との交流がない村での疫病は、水が原因であることがほとんどだ。


 何故なら人は、水を摂取せずには生きられないからだ。


 水辺に到着したヴァンはまず、その美しさに目を奪われた。


「綺麗な水辺だな」

「……はい。これほどとは思いもしませんでした」


 草花は生き生きと繁茂し、水はどこまでも透明な流れだ。

 水が綺麗でなければ生きられない植物まで生えている。


 この川が疫病の原因とは、とても考え難い。


「憶測が外れたか」


 ほぼ水が原因で決まりだろうと考えていたヴァンは、内心落胆しながらも、念のために川縁を散策する。


 しばらく上流部へ歩いたところで、ヴァンは不審なものを発見した。


「――む。スティーヴよ、これを見よ」

「これは……うっ!」


 草の中にあるとあるものを目にして、スティーヴが口を両手で押さえた。

 事務職ばかり行っている彼には、少々刺激が強すぎたか。


 そこにあったのは、動物の死骸だった。

 それも、一体や二体ではない。

 複数体の動物が、無惨にもバラバラにされてそこかしこに散らばっていた。


「これが疫病の原因だな」


 このまま放置しておけば、また疫病が発生しかねない。

 ヴァンは連れてきた領兵二人に、動物の死体を水辺から遠ざけるよう指示を出した。


「……惨いですね」

「ああ。これは間違いなく、人の手によるものだな」


 動物を切り刻み水辺にばらまくなど、悪意に満ちあふれている。

 この者は、人為的に疫病を生み出そうとしたのか。


(だとしたら、何故だ?)


 過去に、ゼルブルグのとある地域で、市民同士がいざこざを起こし、飲み水に毒を混ぜるという事件が発生した。

 しかし、今回疫病が発生した村は、他の町から離れているし、交流もほとんどない。


(領民の仕業ではなさそうだな)

(ならば、下手人は誰だ?)


 領主にとって領民は、とても大切な存在だ。

 彼らがいなければ、ヴァンは領主ではいられなくなるからだ。


 それが、何者かの手によって目に見えない攻撃に曝された。


 これに黙っていられるヴァンではない。


 ――誰だ、我が領民に危害を加えた者はッ!!


 ヴァンは静かに、怒っていた。

 しかし、下手人をいますぐ見つけ出す手段が、ヴァンにはない。


「……帰るぞ」

「村はもう良いのですか?」

「疫病のことは気になる。だがこれと同じことが、またあるやもしれん。次に備える為に、一度体勢を立て直す」

「はっ!」

「領兵も、総動員するぞ。手はずは任せた」

「――ッ!! わ、わかりました!」


 何故、疫病が急に消滅したのかは、未だに謎だ。

 もしかしたらフォード家特有の幸運なのかもしれない。

 だが、幸運に頼ってばかりはいられない。


(なんとしても、俺の手で切り倒してやる……!)


 ヴァンは馬にまたがり、屋敷に向けて勢いよく馬を走らせるのだった。

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