第62話 強化系シモン
なんとか耐えてくれ。
祈りながら、魔術が完全に付与されるのを待つ。
手を離したくなるほどの熱が、ある瞬間から急激に温度を下げていった。
仄かに光っていた剣から、光が消える。
そこからしばらく待ったが、剣にヒビが入ったり、折れ曲がるような気配は感じない。
――成功だ。
「うんうん。これでよしっと。はい、シモン。これ返すね」
「あ、ありがとうございます……」
「剣に込めた付与は、斬れ味と耐久力の強化、持っていると自然回復する力と、伸縮自在になる魔術だよ。前者二つは常時発動型。後者はマナを込めると発動するはず」
はず、というのは、自分が扱ったことがないからだ。
そもそも鉄製の剣など、クリスは持ち上げることさえ出来ない。
自分に身体能力を強化する魔術を付与すれば、出来ないこともない。
だがクリスは、運動神経が壊滅的に音痴である。
無理に振るおうものなら、大問題が起こる可能性が非常に高い。
(何事も、出来る人がやるがベストだよね。うんうん!)
ただ単に体を動かしたくないだけでもあるが……。
さておき、強化付与した剣はシモンの手に渡った。
あとは結果を見守るだけだ。
クリスは少し離れた場所で、シモンを見守る。
とはいえ、そのままでは不安だ。
念のために結界魔術を素早く作成。目の前に重ねて配置する。
■魔術コスト:720/9999
■属性【結界:一点空壁】
■強化度
威力:MAX 飛距離:5 範囲:10 抵抗性:MAX 数:5
■名前【ポイントシールド】
合計で10枚の空間壁がクリスの前に出現。
サイズはシモンの邪魔にならないよう、自分の姿を覆うだけにしておく。
自身にはシールド魔術が付与されている。さらに空間壁を10枚も生みだしたのだ。
これだけやれば安全に違いない。
「……行きます」
ポイントシールドを貼り終えた頃、シモンが剣を腰だめに構えた。
次の瞬間。
シモンの腕から先が霞んだ。
――ヒュンッ!!
空気が切断される、甲高い音が響き渡った。
気がつくと、シモンは剣を振り切った状態で静止していた。
剣を振るっても体幹が一切ブレない、見事な素振りだった。
クリスでは、いくら身体強化を重ねても、これほどの素振りは真似出来ない。
――技術がないからだ。
腕から先こそ見えなかったものの、シモンの剣術スキルはクリスの父ヴァンに迫る程のものではないかと感じさせられる。
「あの、クリス様」
「ん、どうしたの?」
「折角強化していただいたから、言いにくいんですけど……」
「うんうん」
「これ、凄く危険すぎます」
シモンが顔を引きつらせた。
一体何が危険だというのか?
クリスが首を傾げた時だった。
まわりの木々が、一斉に傾きだした。
――ズゥゥゥン!!
シモンを中心にして、おおよそ直径百メートル範囲に生えていたすべての木々が、すべて倒れてしまった。
倒れた原因は、シモンの剣だ。
これが横に振るわれた瞬間、刃が一気に五十メートルほど伸び、木々を音も無く切り裂いたのだ。
「……あっ」
そこでやっと、クリスも気がついた。
自分が展開したポイントシールドが、六枚目まで消滅していることに。
(うわあ……)
背中を、冷たい汗がダラダラと流れ落ちる。
もしポイントシールドを5枚だけしか展開していなければ、クリス本体のシールドまで刃が到達していた可能性がある。
無論、ポイントシールドの強度は本体のシールド強度には劣る。
それでも、六枚破壊は恐怖を感じるに十分な威力だった。
「まさか、こんなに伸びるとは……。それにこの威力。この剣――というか魔剣ですけど、封印した方がいいのではありませんか?」
「うーん」
これはクリスが珍しく天に祈りながら、限界付与に成功した剣である。
(たしかに、威力はちょっと……ほんのちょぉっとだけ強いけど!)
だからといって、それだけだ。
色が変わったわけでも、長剣が短剣に縮んだわけでもない。
これまで通りのシモンの剣だ。
おまけに便利機能つきの剣である。
(これを封印するなんてもったいない!)
折角だから、なんとしてでも使って欲しい。
クリスは必死に頭を働かせる。
「普通に使う分には問題ないよ」
「そうでしょうか?」
「だって今は、身体強化もかけての威力だからね。〈伸縮自在〉だって、コントロール出来るようになったら便利だよ?」
「たしかに、その通りかもしれませんが……」
「……持っていたほうがいいと思うよ?」
破壊せずに限界まで付与した剣は、これが初めてなのだ。
いわば、クリスの努力と幸運の結晶である。
出来るだけ使って欲しい。
その思いが通じたか、
「――ッ!」
シモンがはっと息を吸い、何度も縦に頷いた。
「わかりました。使わせて頂きます」
「うんうん」
「この剣に見合うよう、これからも精進致します!」
「うんうん、頑張ってね」
これで封印の可能性はなくなった。
やる気になったシモンを見て、クリスは内心ガッツポーズを掲げるのだった。
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