第50話 どうにもならないアイツ
もう何度目かになる突飛もない報告に、ヴァンはいよいよ驚き慣れてきた。
ここ数週間の間に、何度も驚かされ続けてきたせいだ。
心臓に毛が生えてきたのかもしれない。
そんなことを考えながら、ヴァンは次男ヘンリーから報告を受け取った。
彼は本日、領兵を率いて領内にある、小規模なダンジョンの大討伐に向かった。
大討伐は月に一度、定期的に行われている。
そうすることで、不意のスタンピードを抑え込んでいるのだ。
出来るならば、大討伐は避けて通りたい。
何故ならこのために、全領兵の力を集結せねばならないからだ。
人を動かすにもお金がかかる。
また領兵の人員は潤沢とはほど遠い。
警邏網に穴が空くし、討伐するだけでもお金がかかる。
けが人が出れば見舞金を出さねばならないし、そのけが人が休養を余儀なくされれば残った者の残業と、休日出勤が激増する。
管理する側からすると大討伐は、出来ればなくなって欲しいものだった。
しかし、ダンジョンは人為的に潰せない。
それは龍脈から湧き上がるマナの結晶――ダンジョンコアのせいだ。
これがある限り、ダンジョンには魔物が生まれ続ける。
ダンジョンコアがなくなれば一件落着なのだが、そうは問屋が卸さない。
過去に何度も、コアを破壊しようとしてきた。
しかし通常の攻撃はおろか、魔術攻撃も一切受付けない。
破壊を試みたのはヴァンだけではない、世界中の国々や、名のある冒険者たちがダンジョンコアの破壊を試みてきた。
だが一度たりとも、コアの破壊に成功したものはいない。
――ダンジョンは人間の手では破壊出来ないのだ。
なので、定期的に魔物を間引き続ける必要があった。
魔物が増えすぎるとスタンピードして、近隣の農村が魔物の被害を受けてしまうためだ。
今回の定期討伐も、以前と同様に執り行われた。
――そのはずだった。
ダンジョンに向かったヘンリーは、すぐにいつもとは状況が異なっていることに気がついた。
ダンジョンの入り口に、魔物の死体があったためだ。
「初めは、流浪の冒険者が、ダンジョンで腕試しでもしたのかと思っていました」
というのが、ヘンリーの言だ。
魔物の死体は、ダンジョンの奥まで続いていた。
かなりの手練れの仕業だろう。今回の大討伐は楽に終わりそうだ。
そう思っていた矢先だった。
ダンジョンの最奥で、ヘンリーは見た。
「何故かクリスがいて、ダンジョンコアも消えていました」
「うんうん、そうかそうか……さっぱりわからん」
言葉はわかる。
だが頭が理解を拒絶している。
まず、何故クリスがダンジョンにいたのかが、さっぱりわからない。
そもそも彼にはこの領にダンジョンがあることなど、これまで一度たりとも教えたことはない。
何故ならもしクリスに教えれば、
『えっ、行ってみたい!』
絶対に興味を惹かれると思ったからだ。
いつ何時、家人の目を盗んでダンジョンに行かないとも限らない。
そのため、ダンジョンについては決して彼の耳に入らぬようにしていた。
また、ダンジョンは領治に関わるものだ。
以前はクリスにはまだ早いと思っていたし、廃嫡してからは教えようとも思わなかった。
にも拘わらず、何故かクリスがダンジョンの――それも最奥にいた。
まるで砂漠のど真ん中で雪だるまを見つけたかのように気分である。
さらには、本来消えるはずがないダンジョンコアが、何故か消えていたというのも、わけがわからない。
「最奥の広間をきっちり調べたんだろうな?」
「勿論です。ダンジョンコアは綺麗さっぱり消えていました」
「……ということは」
「……ということでしょうね」
二人の視線が、容疑者の下へと向かった。
容疑をかけられた本人はというと、相変わらず微笑みを浮かべたまま硬直している。
(一体誰に似たんだか……)
頭が痛い。
はあ、とヴァンは大きくため息を吐いた。
「クリス。どうやってダンジョンコアを消したのだ?」
ダメ元で聞いてみる。
コア破壊は、人類が一度も成功したことのない偉業である。
もしコアを消す方法が分かれば、他のダンジョンのコアも消せるかもしれない。
それに、ダンジョン被害に遭っている領はいくつもある。
コアを消す方法を高値で売りつけられるかもしれない。
あるいはこれを交渉材料として、有利な条件を引き出せる可能性があった。
だが、
「……さあ?」
クリスがこてんと首を傾げた。
父親としての経験から、クリスから誤魔化している気配を感じる。
「なんでもいい、覚えていることを教えてくれ」
「わ、わからないなあ」
「なにかあるんだろう?」
「……あ、ははは」
どうも、ダンジョンコアを消す方法を、教えるつもりはなさそうだ。
(なんとかして聞き出したいが……)
そこまで考えて、ヴァンは首を振る。
(いや、クリスはもう廃嫡したではないか。無理に奉仕させる権限はないな)
もう何度目になるかわからない後悔が浮かぶ。
(あのときクリスを廃嫡していなければ……)
しかし、廃嫡しなければ、きっとクリスは自分の力を隠し通していたはずだ。
(クリスは決して、フォード領を嫌っているわけではない。今も影ながら、支えてくれているではないか。それで、満足するべきなのだ)
今回、クリスが率先して魔物を討伐してくれたおかげで、領兵は一切の被害を受けなかった。
また、ダンジョンコアを消滅させたおかげで、今後一切、兵力をダンジョンに割かなくて良くなった。
これだけで相当の負担軽減に繋がっている。
欲をかけばすべてを失う。
だからヴァンは強い意志をもって、クリスへの追及を断ち切った。
「父さん、眉間の皺がすごいよ」
「ぬ? そうか、すまんな」
クリスに指摘され、ヴァンは指で眉間を揉む。
力が入りすぎて、怖い顔をしていたか。
怖がらせてしまったのならば、申し訳な――
「少し老けた?」
「やかましい!」
訂正。
もう少し怒ってやろうか。
そんなヴァンの気配を鋭く察知したか、クリスはソファから俊敏に立ち上がると、
「お話も終わったみたいだし、僕は出て行くね!」
「あっ、ちょっと待て。聴取は終わったが、次は説教を――」
「あー忙しい忙しい!」
止める間もなく、クリスは見たことがない程の速度で執務室を出て行ったのだった。
残されたヴァンとヘンリーは互いに顔を見て、
(どうしようもならんなアイツは)
(本当だね)
同時に深々とため息を吐いたのだった。
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