第51話 先輩の戯れ

「それではツヴァイ、第二回円卓会議を始めます」

「……その名前は、なんですか」

「組織名は現在考案中です。少々お待ちください」

「あっ、そういうことじゃなくて。ツヴァイって」

「活動名です。この場では実名禁止なので」

「何故……」

「そういう決まりにしました」

「誰が?」

「もちろん私です」

「はあ」

「あなたはツヴァイ。私のことはアインスと呼びなさい」

「……はい」


 ノリノリな先輩を前にして、後輩のシモンは深々とため息を吐いた。


 現在シモンらがいる部屋は、フォード家にある特別な一室だった。

 出入りするための扉はなく、外に通じる窓もない。

 所謂、非常時に身を守るための秘密部屋だ。


 この部屋はソフィアが発見した。

 使われなくなって久しいのだろう、床には分厚い埃が雪のように積もっている。


 フォード家にとって極秘であろうこの部屋を、勝手に使うのは如何なものか?

 シモンの疑問にソフィアは「こっそり使えば問題ありません」とすまし顔。


(本当に大丈夫なのか?)


 部屋の使用に対してもそうだし、ソフィアに対しても、不安を感じずにはいられない。

 このようなメイドが、よく六年間もフォード家に雇われ続けたものだ。

 他の領地なら即座に首である。


 しかし、実際にフォード家内部で働いてみるとよくわかるが、ここは他家に比べてかなり緩い。

 この家で働いている他の者たちも、貴族の屋敷で働いているのだという気概がない。


 ――無理もない。

 貴族に雇われているのに、賃金が田舎の商店レベルなのだ。


 帝国首都に住んでいたシモンは妹を養うために、日々様々なお店で働いていた。その賃金よりも低いのだ。

 これではよほど主を信奉していなければ、気概など湧きようもない。


 他の貴族に比べてフォード家は緩い。

 だからこそこのような秘密の部屋にただの家人が入り込み、密談を交わしても大丈夫なのだ。


 貴族として緩さは問題だが、良い家族だとシモンは思う。

 今も眠り続ける妹ルビーを、まるで自分の妹のように心配してくれる貴族というのは、他ではまずあり得ないだろう。


 さておき、円卓会議だ。

 その名前にちなんだ円卓(極小)に、ソフィアが手を組み肘を突く。


「まずはツヴァイ。あなたの働きについてです」

「はあ」

「先日、我が主『最も輝く星(アルファ)』様がダンジョンを消滅させました。その件について、詳しく報告なさい」

「ええと、はい。ダンジョンについてですが――」


 シモンはダンジョン消滅までの一部始終を詳しく報告する。

 報告が終わると、ソフィアがため息を吐いた。


「ツヴァイだけ、ずるい」

「えっ?」

「いえ、なんでもありません。それよりも、報告はそれだけですか?」

「ええと……」


 話せることはすべて話したつもりだ。

 これ以上、ソフィアに伝えるべきことはなにもないはずだが……。

 シモンは首を傾げた。


「ツヴァイ。あなたはアルファ様に、試されたのではありませんか?」

「――ッ!? どうしてそれを……!」

「アルファ様は、自分の側に置く者をお試しになられます」

「そう、なんですか?」

「ええ。本当に信用に足る者かどうかを判断されるのです。思い当たる節があるのでは?」

「……たしかに」


 たしかにあの時、シモンはクリスに試された。


『ここなら色々試せそうだ』


「たぶん、俺は剣術の腕を試されました」

「それだけですか?」

「……えっ?」

「剣術を見たければ、他にも方法があるとは思いませんか?」

「――ッ!?」


 そこまで言われ、シモンははたと気がついた。


(まさかあれは、俺の忠誠心も試していたのか?)

(魔物を前にして、置き去りにしないかどうかを……!)


 だとするなら、とんでもないお方である。

 シモンの体がぶるりと震えた。


「アルファ様はこの世界で、最も輝きを放つ星の下に生まれてきた、神の子です。私たちの想像を、容易く飛び越えて行かれるお方と心得なさい」

「は……はい……」


 第一回円卓会議にて、シモンはソフィアから(クリスが如何にすばらしいかの)薫陶を受けた。


 クリス誕生前には、帝国と王国、領国の占術師が『神の子が誕生する』と予言した。

 そのため、フォード家のクリスへの入れ込み具合は相当であった。


 また帝国も、ただ座してクリスの成長を待たなかった。

 フォード家に、ソフィアという刺客を送り込んだ。


 また(これはシモンが後に知ったことだが)シモンを利用してフォード領を襲撃させようとしたのも、クリス暗殺作戦の一部だった。


 まだ表舞台に上がったわけではない、ただの子どもに対する動きとしては、あまりに過剰な反応だ。

 クリスとは、帝国側にそれだけのコトを起こさせるほどの人物なのだ。


 そんな、幼い頃から敵国に警戒されている人物の発言だ。

 隠された意図が、たった一つであるはずがない。


 とはいえ、シモンはソフィアほどクリスに心酔していない。

 勿論、只の子ではないとは思っているし、敬ってもいる。

 助けてもらった分だけ、恩返ししたい。


 しかし、あたかも神のように崇めるほどではない。


 それは、ソフィアのように悪魔討伐を目の当たりにしていないせいだろう。

 魔物数千匹を一瞬で討伐した光景は見ているが、それは悪魔討伐の偉業には敵わないのだ。


「アルファ様は、常に複数の策を動かしております。凡人である私たちには、その一端を覗くことも出来ないかもしれませんが、努力はするべきでしょう」

「そう、ですね。ところで、ソフィ……アインス先輩は近頃、なにをされていたのですか? 屋敷内であまりお見かけしませんでしたが」

「町に出て、如何にアルファ様が素晴らしい御仁であるかを、布教しておりました」

「それはそれは……」


 仕事をほっぽり出して何をしているかと思えば……。

 がっくりすると同時に、強い不安がシモンの脳裏をよぎった。


(そんなことをして大丈夫なのか?)


 クリスは既に、領主のヴァンから廃嫡を言い渡されている。

 そのような人物を持ち上げる噂を流せば、大問題に発展しかねない。


 たとえば市民が次期領主にとクリスを持ち上げれば、反乱だ。

 なにもしていなくとも、奉り上げられたクリスが処刑される。


 シモンの不安に気付いたか、ソフィアが意味深な笑みを浮かべた。


「大丈夫です。きちんと策は練っております」

「はあ」

「アルファ様がその〝刻〟に行動を起こしやすいよう、私たちは場を整えましょう」

「はあ」


 ソフィアののりについていけず、シモンはから返事を繰返す。

 それでも一応は先輩だ。

 彼女のお遊びに、シモンはしぶしぶ付き合うのだった。


 この〝お遊び〟がやがて各国から怖れられ、警戒されることになるとは、この当時のシモンには想像もつかないのだった。

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