第49話 助けてシモン!

(なんか、やけにシモンに気合いが入ってる件について……)


 洞穴の入り口でハウンドドッグに出会ってからというもの、従者のシモンがやけにやる気を見せていた。


 洞穴に入ってすぐ、クリスはハウンドドッグに襲われて、死を意識した。

 咄嗟のことで何も出来ず硬直したが、


(あっ、そういえば防御魔術を使ってたんだった)


 後々冷静になってみると、自分の安全が保たれているのに気がついた。

 どれだけ攻撃されても、相手の牙はクリスの体に届かない。


 それがわかってからというのも、攻撃魔術を放つタイミングをまったり探っているのだが、なかなかチャンスが訪れない。

 魔物が現われる度にシモンが次から次へと、一瞬のうちに切り捨てるせいだ。


 それは、運動音痴のクリスの目では捕らえられないほどの早業だった。


(折角魔物がいるんだから、攻撃魔術の実験がしたいんだけどなあ)


 シモンを止めるべきかしばし迷ったが、


(きっと戦うのが好きなんだろうなあ)


 クリスは彼を好きにさせることにした。


 しばし進むと、一辺が十メートルほどの広間にたどり着いた。


「ここで終わりかな」

「そのようですね」


 辺りを見回すが、別の道がない。

 ここが洞穴の最奥のようだ。


「ん、あれはなんだろう?」


 その広間の中央に、宙を舞う黒紫色の宝石があった。

 それはほんのりと発光している。ただの石ではないようだ。


「んー、結構強いマナを感じるな」


 近づき、宝石に手を伸ばす。

 すると、宝石が強烈な輝きを放った。


「うわっ!」

「ク、クリス様!?」


 あまりの強い光に、クリスは目を閉じ、反射的に宝石を握りしめた。


 光はおおよそ、五秒ほど輝き、急速に弱まった。

 その光が消えるとほぼ同時に、クリスの手の中に収まった宝石の感触も消失した。


「あれ?」


 瞼を開き、手の中を確認する。

 しかし先ほど掴んだはずの宝石が、なくなっている。

 まわりを見回すが、黒紫色の宝石はどこにも見当たらない。


「クリス様、ご無事ですか!?」

「う、うん。大丈夫だよ。むしろシモンが大丈夫そうじゃないけど」


 シモンの顔色が真っ青だ。

 まるで病を患ってしまったかのようだ。


「お、俺は大丈夫です。それにしても、先ほどの光はなんだったんでしょうか?」

「さあ、なんだろうね」


 首を傾げた、その時だった。

 クリスの目の前に、見覚えのある文字が現われた。


『......コア...インストール完了』

『............新規属性、開放』

『....................新規特殊能力、開放』


「おっ!」


 その文字を読んだクリスが目を丸くした。

 これは、アリンコを倒した時以来のスキルボードの能力解放だ。


 早速クリスはスキルボードを確認する。


「おおっ!」


 今回入手したのは、属性が【結界】と、追加効果が【付与】だった。

【結界】は以前にアリンコが使っていた、別の空間を生み出す魔術だろうと推測出来る。

 また【付与】については、以前からずっと欲しいと願い続けていたものだ。


(これでまた色々と捗るぞっ!)


「あの、クリス様」


(アリンコさんの時みたいに結界で別の空間を作り出せば、領地に被害を出さずに魔術の練習が出来る!)


「クリス様! 何か来ますッ!!」


(付与もずっと欲しかったんだよなあ。スキルボードの補助魔術って自分には使えるのに、他人に使えなかったし。色々工夫して凌いでたけど、これで一発解決だ!)


「大変ですクリス様ッ!!」

「はわっ?」


 肩を揺さぶられ、クリスは強制的に現実へと引き戻された。


(折角新しい魔術が思い浮かんでたところだったのに!)


 クリスはふて腐れつつ顔を上げる。


 すると、額にびっしり汗を浮かべたシモンが、目で『前を見ろ』と合図している。

 合図に従い前を見るたクリスは、カチンと体を硬直させた。


 洞窟の通路側に複数の兵士が佇んでいた。

 その真ん中に、見覚えのある顔がある。


「やあクリス。これはどういうことかな?」

「……や、やあヘンリー兄さん」


 兄ヘンリー・フォードを前にして、クリスは愛想笑いを浮かべた。

 ここに集っているのは彼が率いる領兵だ。


 しかし何故ここに、ヘンリーたちがいるのかがわからない。


「兄さんもお散歩?」

「なわけないだろう! ぼくたちはダンジョンの魔物を間引きに来たんだよ」

「へえ、兄さんは頑張ってるんだね」

「君に言われたくないよ」


 そこでヘンリーが、大きなため息を吐いた。

 格好が小綺麗なので、まだ戦闘は行っていないようだ。

 しかし、どこか連戦を終えた戦士のような疲労感が漂っている。


「なんでクリスがダンジョンの最奥にいるんだ」

「……んんっ?」


 一瞬で理解出来ず、クリスは首を傾げる。

 その反応をどう思ったか、ヘンリーがまた大きなため息を吐いた。


「誤魔化しても無駄だよ。まったく、手伝ってくれるなら顔を合せた時にでも打ち明けてくれれば良かったのに」

「えっとぅ……?」

「いや、わかってる。クリスは廃嫡された身だ。表立って家の手伝いが出来ないことくらいはわかってるさ。でも、やはり一言くらいは欲しかったな」

「……??」


(兄さんがなにを話しているのか、さっぱり理解出来ない!)


 状況がまったく理解できず、クリスは笑みを浮かべたまま硬直してしまった。

 それをどう勘違いしたのか、ヘンリーが頭を下げた。


「クリス、ありがとう。おかげで凄く助かったよ」

「う、うん……?」

「それにしても…………また、とんでもないことをやらかしてくれたね」

「うん?」

「とりあえず、報告に戻ろう」

「うんうん。兄さん、またね」

「君も来るんだよ」

「――えっ!?」

「だって、今回ダンジョンの魔物を間引きしたのは君じゃないか」

「…………兄さんがやったっていうことにしては?」

「それは――」


 ヘンリーが一度まわりを見回し、肩を竦めた。


「駄目に決まってるだろう?」


 この場には他にも領兵がいる。

 兄弟二人だけならば、彼はクリスの提案を受け入れていたかもしれない。


 長男スティーヴとは違い、ヘンリーは多少融通の利く男なのだ。


 しかし他人の目がある以上、嘘を吐くわけにはいかない。

 それをやれば、領兵団団長としての信用が失墜してしまうためだ。


「えっと……僕はこれから、のっぴきならない用事が――」

「さあ、家に戻ろうか!」

「ちょ、えっ、待って兄さん!」

「待たないよ」


 凄みのある笑みを浮かべながら、ヘンリーがクリスを抱きかかえた。

 とてもすごい力だ。クリスの腕力ではとても抜け出せそうにない。


 進退窮まったクリスは、自らの部下に助けを求めた。

 シモンは剣術に秀でている。彼ならば、ヘンリーの魔の手から自分を助け出してくれるのではないか?

 そんな希望はしかし、


「助けてシモン!!」

「すみません。俺の力ではどうにもなりません」


 薄情者のシモンによって打ち砕かれたのだった。

 ぐぬぬ……。

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