第48話 シモン、闘志を燃やす
本日より連載再開です。
投稿は毎週金曜日予定です。
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少し元気なさげな兄と別れたあと、クリスは〈フライ〉で領内を飛び回っていた。
「クリス様、今日はどこへ向かわれているのですか?」
「んー、秘密」
一緒に飛ぶシモンからの質問に、クリスは適当に答えた。
そもそも、目的地などないので答えようがない。
人の目が届かなさそうな――魔術の練習が捗りそうな場所を探しているだけである。
良い練習場所を探していると、馬を走らせるスティーヴの姿を発見した。
「あっ、スティーヴ兄さんだ」
「どこかへ急がれているようですね。向かっている先は、屋敷でしょうか?」
馬の鼻先は屋敷に向いている。
兄の形相から、今すぐ父に相談しなければならない、のっぴきならない事態が起こっただろと想像出来る。
「クリス様は、お手伝いなされないのですか?」
「しないよー」
兄の手に負えない事態を解決出来ると思えるほど、クリスは自分を有能だとは考えていない。
でくの坊が首を突っ込んでも、ろくな事にはならない。
領で起こる様々な問題は、優秀な兄二人に任せておくのが一番だ。
(余計なことに時間を取られて、魔術の実験が出来なくなるのは嫌だしね!)
むしろそちらが本音だった。
兄から目を離した五秒後にはもう、領内で問題が起こったかもしれないことなど、頭の中から綺麗さっぱり抜け落ちた。
クリスは鼻歌を歌いながら、本日の魔術実験場所を探して、空を飛翔するのだった。
〈フライ〉で空を飛び回っていると、ふと眼下に小さな洞穴を発見した。
それは小さな丘の麓に、ぽっかりと空いていた。
「なんだか不自然な洞穴ですね。クリス様はここをご存じだったのですか?」
「うんうん」
嘘だ。
クリスはこんな場所に洞穴があることなどちっとも知らない。
そもそも嘘を吐いた意識すらない。頷いたのは、ただの反射だ。
現在クリスの脳内にあるのは、魔術試験のことだけだった。
「ここなら色々試せそうだ」
無論、大規模魔術は使えない。
だがそれ以外のものならば、試すことは出来る。
たとえば、風魔術の〈超音波〉などがそうだ。
暗闇を照らす〈ライティング〉なども、洞窟にはもってこいである。
オマケに、この場所ならば誰の目にも触れないし、邪魔されることだってない。
魔術試験にもってこいの場所だった。
(この洞穴を僕の秘密基地にしよう!)
内心小躍りしながら、クリスは洞穴に足を踏み入れた。
その時だった。
「クリス様ッ!!」
「えっ――」
洞穴の中から、犬型の魔物が現われた。
――ハウンドドッグだ。
あまりに突然のことに、クリスは反応出来ない。
目の前で、ハウンドドッグが大口を開けた。
あとコンマ一秒もすれば、頸動脈にかぶり付かれる。
(あっ、僕死んだかも)
自らの死を覚悟した、次の瞬間だった。
――ザンッ!!
横からシモンが滑り込み、長剣を一閃。
ハウンドドッグの首が宙を舞った。
「わあ……」
魔物は野生の動物よりも強靱だ。
表皮や体毛なども非常に硬く、たとえ切れ味の鋭い長剣だろうと、素人では小さな傷しか与えられない。
そんな魔物の首を、シモンはたった一撃で切り落としてしまった。
おそるべき剣術の腕である。
「クリス様、お怪我はありませんか?」
「うん、大丈夫」
「それはなによりです」
「ふふ、シモンが強くて助かったよ、ありがとう」
「――ッ!?」
子どものように微笑むクリスを見て、シモンは背中に冷や汗を浮かべた。
クリスはただの子どものように見えて、強力な魔術士だ。
その実力は、帝国で十本指に入るだろう剣士のシモンですら、手傷を負わせられないほどだった。
そんなクリスが、とある洞穴の前に降り立った。
その入り口を見た瞬間、シモンはすぐに気がついた。
(これはダンジョンじゃ!?)
ダンジョンとは、魔物が自然発生する場所を指す。
龍脈から溢れ出したマナが、魔物を生み出すのだ。
もしなんの準備もせずにダンジョンに入ろうものなら、アッという間に魔物に食い殺されてしまうだろう。とても危険な場所である。
そんな洞穴に、クリスが足を踏み入れた。
なんの準備もせずにダンジョンに入るなど、理解しがたい行動である。
案の定、即座にハウンドドッグが出現した。
シモンは即座に抜剣。
ハウンドドッグを一刀両断のもとに切り伏せた。
「……ふぅ」
残心を解いて、シモンは額に浮かんだ汗を拭った。
主であるクリスが魔物に襲われ、肝が冷えた。
しかし、シモンの肝が潰れそうになったのは次の瞬間だった。
『シモンが強くて助かったよ』
相手が普通の子どもなら、シモンは聞き流しただろう。
しかし相手はクリスだ。
空を舞い、数千の魔物を一瞬にして焼き尽くし、シモンの剣ですら傷一つ付けられなかった、天才中の天才魔術士だ。
そんな子どもが、ただ単にシモンの腕の良さに感謝するだろうか?
――いいや、するはずがない。
(おそらく、俺の実力をその目で確かめたかったんだろうな……)
事実、クリスはこのダンジョンに入る前に、こう呟いていた。
『ここなら色々試せそうだ』
そもそも、クリスならばこの程度のダンジョンごとき、一人で踏破することも可能である。
先ほどのハウンドドッグだって――クリスには防御魔術がある――傷一つ付かなかっただろう。
相手に何もさせずに、一方的に焼き殺すことだって出来たはずだ。
実際に、クリスは噛みつかれそうになっても、微動だにしていなかった。
避ける必要がないからだ。
彼は自分一人でも対処出来る魔物に対して、あえて手出ししなかった。
――つまりこれはシモンの実力を試す、実技試験なのだ。
(なんと、恐ろしいお方なんだ……!)
もしほんの僅かでも行動が遅れていれば、今頃シモンはクリスに、暇を出されていたかもしれない。
それだけは、御免である。
折角、真に優秀な主を見つけ、さらに自分の実力を生かせる職務に就けたのだ。
シモンは鞘に収めた剣の柄を、力いっぱい握りしめる。
(クリス様に、俺の実力を見て貰おう!)
(この仕事、絶対に逃すものかっ!)
シモンは一人、メラメラと闘志を燃やすのだった。
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拙作「最弱冒険者が【完全ドロップ】で現代最強 自分だけのレアスキルとカスタムアビリティを駆使して他の誰より強くなる!」のコミカライズ連載開始日が決定いたしました!
詳しくは活動報告をごらんください。
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