二章 逆襲の牙 ~無意識に防衛配備編~
第47話 玄関でばったり
クリスが家を出る時のことだった。
エントランスホールで、フォード家次男のヘンリーとばったり出くわした。
「ヘンリー兄さん、おはよう」
「おはようクリス」
「今日も散歩かい?」
「うん」
普段の人当りの良い表情とは打って変わって、今日は少し緊張感が浮かんでいる。そのせいか、いつもは柔らかい声色もいくぶん硬く感じられた。
ヘンリーがクリスの後ろをちらりと見た。
そこには、最近従者にしたシモンがいる。
彼は北方出身の剣士であり、以前大量の魔物を率いてフォード領を侵そうとしていた。
しかしそれは本人の意思ではなく、暗部『宵闇の翼』に付けられた奴隷の首輪によって、強制されていたためだった。
シモンはアレクシア帝国で十本指に入るだろう名うての剣士だ。
相手が宵闇の翼であろうと退けられる力はあるし、万が一敵わなかったとしてもその場から逃げ切れる。
そんな彼が暗部に捕らえられたのは、妹を盾に使われたからだ。
大切な妹の命と引き換えに、シモンはフォード領にスタンピードを仕掛けたのだ。
とはいえその目論見はクリスによって潰された。
クリスは宵闇の翼に捕らえられた妹も救出し、さらには素性もわからぬシモンらを、従者としてフォード家に迎え入れたのだった。
これほどの恩義を受けて、なにも思わぬシモンではない。
(この力、クリス様のために!)
クリスが行くところには必ずといっていいほど、後ろについて歩いた。
面子を潰された暗部は必ず、クリスに報復するだろう。
いつ何時刺客が現われぬとも限らない。
そのため、シモンはクリスを護衛すべく、どこへ行くにも後ろを付いて歩いているのだ。
(自分が磨き上げた剣の腕は、クリス様のためにあったんだ!)
対してクリスは、常にシモンに付きまとわれて辟易していた。
これではこっそり、新しい魔術を試すことも出来ない。
(いや、試せるのかな?)
シモンはフォード家が雇っているわけではない。
クリスが雇っているのだ。
彼の給金だって、自分のお小遣いの中から払われている。
従者にとって、主の命令は絶対だ。
(そっか、何かあっても黙っててって命令すればいいんだ!)
「ところで、クリス。最近、魔術の調子はどうだい?」
「ま、まあまあ、かな」
ヘンリーに魔術について問われ、クリスは内心ギクリとした。
(まさか、こっそり魔術の実験をしたのがバレてる!?)
シモンを雇い入れてからというもの、大規模魔術は控えている。
大穴を空けたり、森を氷結粉砕したり、山の麓で魔物を倒したり、そのような派手な動きは一切していない。
(そういえば、父さんたちはどうして魔物をいっぱい倒したことを知ってたんだろう?)
アレクシア帝国から戻ったクリスに、父と兄二人がものすごい形相でクリスに迫って来た。
お叱りを覚悟したものだが、案外三人はいくつか質問した後、穏やかにクリスを開放してくれた。
質問された内容はまったく覚えていないが、怒られなくてよかったと胸をなで下ろしたものだ。
さておき、最近は咎められることは(ほとんど)していないはず。身に覚えはない。大丈夫……。
そう、クリスは自らを落ち着かせた。
「実は、クリスに頼みたいことがあるんだけど」
「僕に?」
「ああ」
「兄さんが僕に頼みごとなんて、今日は大雨になるかな」
「ははは、そんなわけないだろ」
「……お金は貸さないよ?」
「借りようなんて思ってないから!」
「あっ、そうなんだ。てっきりお金の工面の話かと」
「そんなわけないだろ。どこの世界に弟にお金を借りる兄が――って、そうじゃなくてね…………」
そこでふと、ヘンリーは父の言葉を思い出した。
でくの坊だと思っていた自分の弟が、実は凄腕の魔術士だった。
そのことは、つい先日明らかになった。
初めは冗談だと思ったが、森を開拓したことから始まり、農業用水の確保、悪魔討伐。陛下から二つ名を与えられ、あげくスタンピードの殲滅……。
ほんの僅かな時間に、いくつもの功績を挙げている。
さすがにもう、信じる信じないという話ではない。
フォード家三男はまごうことなく、予言に違わぬ天才魔術士だった。
そんなクリスの力を使えば、常に窮地にあるフォード領を一気に活性化することだって出来るだろう。
剣術や治安のことしか頭にないヘンリーですら、少し考えただけでも様々な〝活用方法〟が思い浮かぶほどである。
しかしクリスの力は、父ヴァンに『利用禁止』ときつく言い渡されている。
『あれは麻薬よ。一度使えば、それなしでは何も解決出来なくなる。無能になりたくなくば、自分の力で解決せよ』
父の言う通り、他人の力で問題を解決しても、その経験は自分の力にはなり得ない。
また一度使えば、箍が外れて二度、三度と使いたくなる。
使えば使うほど、自分が無能になっていく魔の薬だ。
それを思いだし、ヘンリーはクリスへの頼み事を、寸前のところで腹に止めた。
「どうしたの兄さん」
「いや、すまない。なんでもないよ」
「なんか、今日の兄さんは元気がないね。……恋人に振られた?」
「振られてないから!」
ヘンリーは肩を怒らせた。
というかそもそも、ヘンリーには恋人がいない。
それを知ってか知らないでか、クリスの言葉は胸に深々と突き刺さったのだった。
ヘンリーに元気がないのは、これから月に一度の大討伐に向かうためだ。
毎月のこととはいえ、けが人が出る危険な任務だ。
だがこれをやらなければ、魔物がどんどん増えていく。それでも放置すれば、スタンピードが発生してしまう。
――魔物が領地に溢れかえる。
それを防ぐために、ヘンリーは領兵をすべて投入して大討伐を行っていた。
先ほど言葉を詰まらせたのは、この大討伐をクリスにお願い出来ないかと考えたためだ。しかし父が言った通り、一度討伐のお願いしてしまえば、領兵の腕が鈍ってしまう。
今後のことを考えれば、大討伐は自分たちの力で行うべきだ。
後ろ髪引かれつつ、ヘンリーは領兵の詰め所へと向かうのだった。
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