第46話 エピローグ 復讐を誓って
帝国のとある場所にて、仮面で顔を隠した者達が一堂に会していた。
皆が円卓に用意された椅子に座る中、一人だけ床に座っている者がいた。
――ザガンだ。
皆の視線が自分を見下す中、ザガンは奥歯を噛みしめながらこの羞恥心に耐えていた。
「それでぇ、ザガン。あんた、ここからどうやって挽回するつもりぃ? あんたのお店、潰れちゃったけどぉ」
「…………」
「ゼルブルグ王族の暗殺失敗のみならず、フォード家への密偵が潰され、スタンピードも未然に防がれた。おまけに大切な魔導具も二つ喪失。やはり、ザガン一人に任せるべきではなかったな」
「殺す? ねえ、殺すぅ?」
「……ッ」
小さき者が、ケタケタと笑い声を上げた。
その体から吹き上がる殺気に、さしものザガンも寒気がした。
この小さき者は、組織の中でザガンが唯一『決して敵わない』と直感する人物だ。
オマケにとても、気が短い。
何がきっかけで、殺されるかわからない。
逆らわない。反論しない。目を合せない。道を塞がない。
ありとあらゆる手を尽くし、機嫌を損ねないようにしていても、『なんとなく』という理由で首を落とす。
小さき者は、そういう人格破綻者であった。
その反面、殺しの達人でもある。
小さき者が動けば、後に生きた人はなし。
ストッパーを外すと誰彼構わず殺してしまうため、組織は決してこの者を動かすことはない。
さておき、ザガンは自ら置かれた立場を改めて認識する。
現在、ザガンは崖っぷちだ。
もし僅かでも言葉を間違えれば真っ逆さま。幹部の肩書きを奪われるだけでなく、命さえ失ってしまうだろう。
だからこそ、必死に頭を働かせる。
「殺しちゃだぁめ」
「えぇ……」
「まだ、使い道はあるもの。ねえ、ザガン?」
「……はい。必ずや、この身を賭してでも、王国に痛手を与える所存でございます!」
「そう。でもぉ、ヘマをしたら今度こそ……うふふ」
麗しき者が笑う。
ぶるりと震えた。
そのザガンの目の前に、カランと音を立てて何かが転がった。
黒い短剣だ。
一見すると、光の反射を抑えた暗殺者用の武器である。
だが、ザガンにはわかる。
この武器の中に、おどろおどろしい何かが潜んでいることに。
「こ、これは」
「宝具マハ・カマル。悪魔の武器よ」
「これが!?」
実物を目にするのは初めてだ。
ザガンは目を見開いた。
悪魔が落とした武器は、それだけで一騎当千の力が得られるという。
マハ・カマルにどのような恩恵があるかはまだ不明だが、十二才の子どもを殺すには十分すぎる武力である。
「まずはこれで、あなたのお店を潰した子ども――クリスを確実に殺しなさい」
「ははっ!」
(あのガキ……覚えてろよ!)
ザガンの胸に、憎悪が燃え上がる。
その憎悪に呼応するかのように、短剣の色が赤黒く変化した。
ただ殺されるなど、生ぬるい。
苦痛に染め上げてからゆっくりとじわじわ、命を奪ってやる。
ザガンは自らをこのような立場に貶めた少年に、復讐を誓うのだった。
○
ある日の午後のことだった。
シモンがクリスにあてがわれた自室で、剣の手入れをしていた時、人の気配を感じて振り返った。
「……?」
しかし、誰もいない。
気のせいかと気を緩めた時、ふと天井に目が行った。
そこには、天井から垂れ下がる人の下半身かあった。
「――ッ!?」
シモンが驚いている間にも、下半身が落下。
不審者の全身が露わになった。
「……ソフィアさん?」
「ごきげんよう、シモン」
天井から現われたのは、ソフィアだった。
彼女もシモンと同じ、クリス担当の家人である。
先にクリス付きであったため、シモンの先輩にあたる人物だ。
その彼女が、何故か扉からではなく天井から現われた。
「あの、ソフィアさん。どうして天井から登場し――」
「気のせいです」
「えっ、いや、今間違いなく天井から降りてき――」
「気のせいです」
しばし、彼女の瞳をじっと見つめる。
ソフィアが頑なに譲らない。オマケにほんのりと、殺気のようなものを感じる。
どうやら、この件には触れぬ方が良さそうだ。
「……そ、それで、なんの用ですか」
「あなたは、クリス様に忠誠を誓いましたね?」
「はい」
「クリス様のためならば、命も惜しくはない?」
「もちろんです。俺と妹の命を救ってくださった方ですから」
いまさらなにを聞いているのだろう。
そんなもの、当然ではないか。
シモンは訝りながら首を傾げた。
「わかりました。では、始めましょう――」
ソフィアがその瞳に怪しげな光を浮かべ――、
「クリス様を支える騎士による、円卓会議を!」
「……拒否権は?」
「ありません」
「さいですか……」
こうしてシモンは、なんだか良くわからない会議に強制参加させられることとなる。
これが後に、世界を揺るがす大いなる陰謀を打ち砕く組織となるとは、この時のシモンにはまるで想像も出来ないのだった。
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