第45話 またおまえか!
この報告如何では、息子との別れを惜しむ時間もないだろう。
「許す。続けよ」
「はっ! 北の山で発生したスタンピードと思しき魔物の集団ですが、先日、壊滅しました」
「「「…………はっ?」」」
三人の喉の奥から変な声が出た。
想像もしていない報告に、頭が追いつかない。
「え、ええと……スタンピードが、全滅? 全軍、我が街に侵入、ではなく?」
「はい。あの、実際に目撃したわたしも、未だに信じがたいことなのですが……」
スタンピードが壊滅。
その報告は、どうやら事実のようだ。
「では何故壊滅を? よもや、災害か?」
「いえ…………」
「どうした? 何を言いよどんでいる?」
「あの、実際にわたしは目にしたのですが、もしかしたら信じて貰えないかもと思いまして……」
「良い。今は緊急時だ。見たことをそのまま告げよ」
「はっ! わたしが、スタンピードの先頭を確認したときでした。空を飛ぶ少年が現われまして――」
その報を聞いたヴァンが、激しく項垂れた。
どうやら頭の中に同じ顔が浮かんだらしい、ヴァンの横では、二人の息子もがっくり項垂れている。
いま、三人の心が一つになった。
(((……あいつか)))
「そのぅ、少年が巨大な炎を放って、一瞬ですべての魔物が壊滅してしまったのです」
「ああ、うん、まあ、そうだな。信じがたい光景だが、うむ、信じよう」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、よく頑張った。危険な任務、ご苦労であった。ヘンリー、この者の今月の俸給に、危険手当を加えてやってくれ」
「はっ、了解しました」
「ありがとうございます!! ……それにしても、あの少年は一体」
伝令が首を傾げた。その時だった。
再び扉が開かれ、三人目の息子が現われた。
「父さん、ちょっと相談があるんだけど――」
「あっ!! こ、この子です。空を飛んでいたのはッ!!」
クリスを見た伝令が、眦を決した。
これで、空を飛ぶ少年の正体が確定だ。
激しい疲れを感じつつ、ヴァンはギリギリの精神状態で言った。
「クリス。お前には、聞きたいことが、山ほどある……ッ!!」
「えっ?」
「だが、そうだな。その前に、まず伝えるべき言葉を告げよう」
「はあ……」
領主としての様々な怒りを嚥下して、ヴァンは素の表情を浮かべた。
「……よくぞ無事に戻った。お帰り、クリス」
「はい、ただいま父さん!」
○
家に戻った後、クリスは何故かヴァンにこってり絞られてしまった。
言葉を聞き流しながら上の空の返事を繰返していたので、ヴァンが何故怒っていたのかがわからない。
だが、これだけ怒っていたが、ヴァンは自分を咎めていないことだけはわかった。
幸いだったのは、アレクシア帝国への侵入がバレていないことだ。
これに気付かれたらと思うと、クリスは気が気ではなかった。
『頼む。なにかやるときは、先に教えてくれ……』
その言葉を最後に、クリスへの説教タイムは終了したのだった。
説教が終わった後、クリスは父に新たに一名家人を雇用したことを伝えた。
家人への給金は、すべてクリスの懐から支払われる。
なので、これは父へのお小遣い増額の願いでもあった。
「お前も、ずいぶんと功績を挙げているからな。小遣い程度、喜んで増額しよう。して、その者は使えるのか?」
「僕より剣が上手いです」
「……お前と比べられた奴が哀れだな」
「何故です?」
「わからんのか?」
「嫉妬ですか」
「んなわけあるかッ!!」
冗談で場を和ませてから、クリスは執務室を後にした。
無事、お小遣い増額成功。これで新人への給金支払いも大丈夫だ。
クリスはその足で、屋敷の隅っこにある、しばらく誰も使っていない部屋に向かった。
扉をノックし、ノブに手をかける。
「入るよ」
「あっ、どうぞ」
「……うんうん。見違えたね」
その部屋にいたのは、帝国から一緒に帰って来たシモンだ。
シモンはフォード家家人の制服を身に纏っている。
元々来ていたものよりも、上等な衣服である。
良い服を着たからか、元より五割マシで美男子になった。
おそらく、地が良かったのだろう。
彼のベルトには、長剣が携えられている。
折角学んだ剣術を捨てるのはもったいない。
なのでクリスは、彼を自分の護衛にした。
護衛が必要になる場面が、廃嫡された自分にあるとは思えない。
だからこれは、あくまで形式的なものだ。
ゆくゆくは、なにかぴったりな肩書きを見つけるつもりだ。
それとこの部屋にはもう一人。ベッドには彼の妹であるルビーが眠っている。
クリスが回復魔術を何度も使用したおかげで、ルビーは死の淵から戻って来た。
だが、長時間食べ物が食べられなかったせいか、魔術だけでは自由に歩けるまで回復させられなかった。
たまに目を覚ましては、眠るを繰返している。
だが、しばらく安静にしていれば、そのうち歩けるまでに回復するだろう。
いまは食べ物をしっかり食べて、しっかり寝て、体力を回復させていけば良い。
「あの、クリス様。本当に俺なんかを雇って頂いてよろしいんですか?」
「うんうん、いいのいいの」
「でも、俺は帝国出身者ですよ? それに、スタンピードを引き起こして、この領地を壊滅させようともしました」
「それ、命令されたせいでしょ?」
「それに一度、クリス様に剣で斬り掛かりましたし」
「大丈夫大丈夫。慣れてるから」
「慣れ――ッ!?」
「うん。少し前だけど、僕は父上に毎日のように斬り掛かられてたからね」
「……一体、クリス様は父君に、なにをしたんですか」
シモンが愕然とした表情を浮かべた。
「まあ、ともあれ、シモンはなにも悪くないよ。それに――」
クリスは安らかな寝息を立てる、ルビーを見た。
「妹思いの兄に、悪い奴はいないんだよ」
そう言って、クリスはシモンに笑いかけた。
するとシモンが真顔になり、床に片膝を突いた。
「不肖シモン、クリス様から頂いたご恩に報いるため、永遠の忠誠を誓います」
「はあ」
「我が剣は、クリス・フォード様のために!」
「え、ええと、うん、まあ、頑張ってね」
なんだかよくわからないが、忠誠を誓われた。
クリスは混乱しつつも、いつもの癖で反射的に頷いてしまうのだった。
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