第37話 ギリギリセーフ

 シモンが確信した、次の瞬間だった。


 ――ィィィイイイン!!


 まるで岩に当たったような手応えと共に、剣が、少年の眼前でピタリと停止した。


「なん、だと……ッ!?」


 一体なにが起こっているのか、まるでわからない。

 想像を超えた現象に、シモンは激しく混乱した。


 その時、少年が薄く笑みを浮かべた。

 それを見て、シモンの背筋がブルリと震えたのだった。



          ○



 突如、青年が斬り掛かってきた時、クリスは内心猛烈に慌てていた。


(うそっ!?)


 すぐに逃げようと思ったが、足が動かない。

 魔物の死体に、足が取られてしまったのだ。


(げっ!!)


 そうこうしているうちに、剣はもう目と鼻の先。


(これは死んだな)


 自らの死を覚悟した時だった。

 眼前で、ピタリと剣が停止した。


 それは、相手が寸止めしたからではない。

 クリスがフライ対策で使用していた防御魔術が発動したのだ。


(おおっ! 防御魔術がそれらしく防御するところを初めて見た!)


 これまでは、なかなか防御魔術の実力をその目で拝むことが出来なかった。

 こうして剣が止まるところを見ると、防御魔術のありがたみがひしひしと感じられる。


 眼前で停止しする剣を見て、クリスは思わず微笑んでしまった。


(折角だし、防御魔術の性能試験に付き合ってくれないかな?)


 防御魔術が、剣の攻撃を防げるくらい頑丈であることはわかった。

 次にクリスが知りたいのは、この耐久力である。

 どれくらい攻撃されると破壊されるのか、興味が湧いた。


 しかし、


「――ッ!!」


 ざっ、と音を立てて、バックステップ。

 顔を青くした青年が、クリスから距離を取ってしまった。


「あら、残念」


 防御性能試験はお預けか。

 クリスはがっくし肩を落とす。


 距離を取った青年はというと、真っ白い顔をして小刻みに震えている。


(あれ? もしかして、体調が悪いのかな?)


 もしかして、彼が自分を攻撃してきたのは、手負いの獣のように、体調が悪くて混乱していたのかもしれない。

 そう思ったクリスは、≪完全体整(パーフェクトコンディション)≫を使用した。


 足下にマナの輪が広がり、キラキラした光が宙を舞う。

 光の粒が青年の体に吸い込まれていく。

 その時、ポトリと青年の首からなにかが落下した。


(ん、なんだろう?)


 クリスが目をこらし、青年の足下に落ちたものを見た。


 それは、黒いチョーカーだった。

 クリスは以前にもこれと同じ色・形のチョーカーを目にしたことがある。


(ソフィアが付けてたのと同じやつかな?)


 見れば見るほど、瓜二つだ。

 しかしまさか、立て続けに同じチョーカーを目にするとは思わなかった。


(さてはあのチョーカー、どこかで流行ってるのかな)


 シャーロットは付けていなかったので、少なくとも貴族の間で流行しているものではなさそうだ。

 もしかしたら、市井の間で話題沸騰中なのかもしれない。


「…………あっ、あ……」


 足下に落下したチョーカーを見た青年が、わなわなと震えだした。

 不味い。怒らせたか?

 そんなクリスの不安とは裏腹に、青年は突如涙を流し始めた。


「――ありがとうございます!!」

「えぇえ……?」


 予想外の反応だ。

 感謝の言葉に、クリスはつい呆けてしまった。

 彼は一体何に感謝しているんだ?


 感謝を口にした青年はというと、魔物の死体に触れることも厭わず、頭を大地にこすりつけている。


(うわぁ……)


 青年の行動に、クリスは若干引いた。

 彼が何に感謝しているのかは定かではないが、死体に顔を埋めるのはいくらなんでも過剰である。


(なんか、関わっちゃいけない人に関わっちゃったかな?)


 青年が頭を下げている間に、クリスは後ろに下がっていく。

 このまま、こっそりこの場を立ち去ろう。


 フライをかける直前だった。青年ががばっと顔を上げた。

 その勢いに、クリスはびくり肩を振るわせた。


「こんな俺の命を救って頂いて、ありがとうございます!」

「えっ、と……うん」


 ――何言ってんだこいつ?

 そんな本音は隠しつつ、クリスは訳知り顔で頷いた。


「まさかここで、奴隷の首輪が外れるとは思っても見ませんでした」

「うんうん、そうだね」

「このご恩、一生忘れません」

「うんうん。それじゃあ僕はこのへんで――」

「僕はシモン。北方出身です。もうお気づきかも知れませんが、人買いに誘拐されて、無理矢理首輪を付けられて、こんなことをさせられたんです……。

 たぶん、剣術大会で目立った成績を収めたから、暗部に目を付けられたんだと思います。こんなことなら、剣術大会になんて出なきゃよかった……」


(どうしよう。自分語り始まっちゃったんだけど……!)


 どうも、精神の不安定さを感じる。

 シモンにはあまり関わらない方が吉だろう。


 彼の語りを右から左に聞き流しながら、クリスは帰還のタイミングを探る。

 そんなクリスの耳が、一つの単語を強くキャッチした。


「俺と一緒に、妹も暗部に攫われて――」

「妹……?」

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