第38話 速度ヲ、オトシテ

【告知】

コミカライズ版『生き返った冒険者のクエスト攻略生活』

漫画:冥茶 原作:萩鵜アキ キャラクター原案:ひづきみや


ヤングエースUPにて8月18日(水)配信スタートです!



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「あっ、はい。言うことを聞かなかったら、捕らえた妹を殺すと脅されているのです」

「それは酷い……」

「それで奴隷の首輪を填めて……。今回の件は、人買いの命令だったんです。たぶんこれはアレクシア帝国が、ゼルブルグに戦争を仕掛ける機を作るための――」

「いや、そんなことはどうでもいいよ」

「えっ? いや……えっ!?」


 話の途中で、クリスが割って入る。

 後半の話はどうでも良い。

 それよりも大切なのは、彼の妹だ。


「妹は、今も捕らえられてるの?」

「おそらく。奴隷商店の地下牢にいるかと」

「それは本当?」

「……おそらく。俺が言うことを聞いているのは、妹が生きているからです。早々、処刑されていることは、ないかと……」


 シモンの顔が、苦み走った。

 殺されてない、と断言出来ないからだ。


「所詮俺は捨て駒です。もしかしたら、もう、殺されて……」

「じゃあ、すぐに助けに行こう」

「えっ?」

「だって、心配でしょ?」

「そう、ですけど……」

「なら急ごう」


 クリスはスキルボードを開き、フライのパラメーターを調節。

 範囲を拡大し、自分と一緒にシモンをフライで浮かび上がらせる。


「おっ、上手くいった!」

「ひっ――飛行魔術!?」


 回復以外の魔術は、自分以外には使用出来ない。

 なので、少々大雑把にはなるが、フライの対象範囲を拡大した。

 それにより、フライはクリスの近くにいるもの――シモンも一緒に浮かび上がらせた。


「僕はクリス。少しの間だけど、よろしくね」

「は、はい。宜しくお願いいたします」

「それじゃあ、早速お店に向かおうか」

「はい!」

「それで、そのお店の場所はわかる?」

「わ、わかります。けど、人買いとても危険な組織です。店は警備も厳しいですし、忍び込む前に捕まるかもしれません」

「うーん、まあ、なんとかなるよ」

「……どうして赤の他人の俺に、そこまで良くしてくれるんですか?」

「妹を大切にしてるから」


 クリスにも、かつて妹がいた。

 ルーシーという名の、三つ離れた妹だった。

 クリスにとって、妹との時間はかけがえのないものだった。


 幸せな時間は、六年前に終わりを告げた。

 母と共に、ルーシーが天に上ったのだ。


 いまでも、ルーシーを思うと胸が苦しくなる。

 それくらい、クリスは妹を大切に思っていた。


 クリスにはもう、大切にする妹がいない。

 だからこそ、妹を大事にしている兄が困っている姿を見て、放って置けなくなったのだ。


「家族、大事でしょ?」

「はい」

「なら、守らなくちゃ」

「……はいっ!」


 クリスの予想外の申し出に、シモンは強く頷いた。

 まさか赤の他人の――それも王国人の子どもに、妹を救う手助けをしてもらえるとは、思ってもみなかった。


 クリスは、ただの子どもではない。数千体の魔物を一瞬にして焼き殺した魔術師だ。

 妹以外の話は耳を素通りしているように見えるし、常に緊張感がなく、ぼけっとした顔をしているが、魔術の腕だけは確かである。


 彼が一緒なら、もしかしたら妹を救えるかもしれない。

 希望の光が、胸を温めていく。


「そういえば、先ほど大規模魔術を使いましたが、マナの方は大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫」


(強がっているのか?)


 魔術師は体内のマナを用いて魔術を発動する。

 どんな魔術師であろうと、人間である限り、大規模魔術を使えばマナが欠乏してしまうはずである。


 だが、クリスからはマナが欠乏している様子はちっとも窺えない。

 それどころか、魔術で二人を浮かせても、ピンピンしている。


 どうやら本当に、マナの方は大丈夫なようだ。


「それじゃあ、お店までの道を教えて」

「お任せください!」

「あっ、その前に」


 思いだしたかのように、クリスが眼下を見下ろした。

 そこには、シモンが連れてきた魔物の死体が、折り重なっている。


 このままにしておけば死体が腐り、生き物が近寄れない死の大地になってしまう。

 とはいえ、今は死体を処理する時間はない。


(一体どうするつもりだ?)


 シモンは訝りながら、様子を窺う。

 クリスが、なにかを抱えるように右手をかざした。


 次の瞬間だった。

 クリスの体から、爆発的にマナがあふれ出した。


「――ッ!!」


 シモンは剣士だが、多少魔術にも心得がある。

(でなければ、魔誘玉を扱えない)


 だからこそ、理解出来た。

 この幼い体の中に、人知を越える量のマナが詰め込まれていることに。


 それは、大人の魔術師何百人、いや、何千人分か。

 体内にドラゴンを宿していると言われても、シモンは納得するだろう。


(化物だ……)


 クリスのマナがみるみる凝縮。

 膨張と圧縮が拮抗した。

 次の瞬間――。


「≪地獄炎(ヘルフレア)≫」


 ――ゴォォォォッ!!


 地獄の炎が大地を舐めた。


 炎は魔物の死体をみるみる灰に変えていく。

 もうもうと、真っ黒な煙が立ち上る。


 すべての魔物が灰になるまで、一分もかからなかった。

 残ったのは、赤く染まりどろっと溶けた大地のみだった。

 あれだけあった魔物の死体は、影も形も残っていない。


「それじゃあいこっか!」

「は……はい……」


 最上級と思しき火魔術を使ったというのに、クリスはけろっとしていた。


(と、とんでもない化物に、助けを求めてしまった……)


 よもや、人間の皮を被った悪魔ではないか?

 すべてが終わったあとで命を差し出せといわれないだろうな?

 シモンの背中が冷たい汗でびっしょりだ。


 機嫌を損ねたら、自分もああなるだろうか?

 眼下を見下ろしながら、シモンはゴクリと生唾を呑み込んだ。


「それで、お店はどこ?」

「は、はい! あの山の向こうです!!」


 シモンは『宵闇の翼』幹部の店がある、アレクシア帝国首都への方角を素早く指差した。


「それじゃあ、ちゃっちゃと片付けようか」

「はい。あ、でも首都へは徒歩でも一週間かかりますが――」

「大丈夫大丈夫。飛ばせば一日かからないよ、きっと」

「それはどういう?」


 シモンが首を傾げた、その時だった。

 突如、少年と自分の体が、とてつもない速度で北へと飛翔を開始した。


「ンアァァァァァァ!!」


 今まで体感したことのない移動圧に、シモンの口から悲鳴が漏れる。

 視界の端を、自然の風景が猛烈なスピードで過ぎ去っていく。

 まるで、カタパルトから射出されたかのような気分だった。


 不思議と、体にはそこまでの負担は感じられない。

 だからといって、恐怖を感じないわけではない。


 このまま墜落したら木っ端微塵だ。

 そう思うと、シモンの目から涙があふれ出した。


「ソ、ソク、速度ヲ、オトシテェェェェェ!!」


 シモンは腹の底から懇願する。

 だが、隣の悪魔は情けも容赦もなかった。


「ん? もっと速度を上げて?」

「なッ!? ちょ、ちょっと待って――」

「ごーごー!」


 視界の端に白い輪が生まれ、


 ――ドッ!!


 爆音が轟いた。


「ギャァァッァア!!」


 シモンの悲痛な叫び声は、|その轟音(ソニックブーム)によってかき消されたのだった。

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