第82話 新たなメンバー

 すべての光が収まった時、クリスは屋敷の中庭上空に漂っていた。

 うまく〈フライ〉が発動したおかげで、落下を免れた。

 しかしクリスは肩を落とした。


「ああー、もったいない」


 未知の亜空間が壊れてしまった。

 もう少し分析出来れば同じ魔術が使えそうだっただけに、亜空間の消滅が残念でならない。


 亜空間を消し飛ばしたのは、先ほど自動的に発動した魔術だ。

 スキルボードには『悪魔の黄昏(ラグナロク)』と書かれていたが、その魔術はリストに載っていない。

 そのくせちゃっかり、クリスのマナを吸い取って発動している。


「僕のマナを使うんなら、魔術をリストに載せてくれても良いのに……」


 先ほどの魔術は準備から発動まで、かなり時間がかかった。

 以前アリンコに使った〈燼滅の極光(アストラル・パニッシュ)〉とは比べものにならないほどの充填時間である。


 威力もそれに比例して強力になっているはずだ。

 迂闊に使おうものなら、陸地を湖に変えかねない。


 それでもクリスならば、使わずにはいられなかっただろう。

 ある意味、リストに載っていなくて正解だったかもしれない。


「まあ、いずれ魔術を組み合わせて、似たようなものを作ればいっか」


 気持ちを切り替え、クリスは屋敷に向き直る。

 その視線が、自分の部屋を捉えた。


「あっ……」


 自分の部屋の壁が、盛大に破壊されている。

 これではマトモに、夜も眠れまい。


「しまった。チゲェさんに弁償してもらうのを忘れてた!」


 壁破壊の原因を作ったチゲェの姿は、どこにも見当たらない。

 先ほどの魔術は威力こそ凶悪だったが、人を殺傷する力は一切なかった。

 とても不思議な魔術である。(だからこそクリスは、あの魔術を覚えたいのだが)


 チゲェが魔術で消滅した可能性はない。

 となると、どこかに隠れているはずなのだが、その姿がまったく見当たらないのだ。


「大変だ……。これじゃあ、壁は実費で直さなくちゃいけない!」


 クリスは青ざめた。

 いま、クリスの財布にはお金が入っていない。

 シモンを雇い入れるのに、ほとんどすべてを使ってしまったからだ。


「どうしよう。父さんに怒られる!」


 クリスは父の雷に怯えた。


「とにかく、一刻も早く、誰かにお金を借りて壁を直さないと!」


 父が気付くまでには、当然修理は終わらない。

 けれど、修理への道筋くらいは付けておけば、父もそこまで怒るまい。

 それでも雷は落ちるかもしれないが……。


 クリスが誰にお金の工面を申し出るか考えていた時だった。

 ふと、窓から視線を感じて見下ろした。


 執務室の窓から、なんの表情も浮かんでいないヴァンと、バチっと視線が合った。

 そのヴァンが、おいでおいでと、手招きをしている。


(逃げちゃ……駄目?)


 クリスは今すぐ遠くに逃げ出したい衝動に駆られた。

 けれど結局、この家に戻ってくる。

 その時に、落ちる雷の威力を思うと、ここで逃げ出す選択は出来なかった。


 クリスは素直に、ヴァンの出頭要請に応じるのだった。




          ○



「第五回円卓会議を始めます」

「もう五回目ですか」

「なにか言いたいことでも?」

「いえ……」


 ソフィアの冷たい気配に気圧されて、シモンは黙り込んだ。

 彼女に呼ばれてこの部屋を訪れたのは、北方からの侵入者をすべて撃退して一夜明けた早朝のことだった。


 フォード領に侵入したのは、宵闇の翼幹部ザガン率いる、ザガンファミリーだった。

 かなりの実力者揃いだったが、フォード領は被害を最小限に食い止めることが出来た。


 ザガンファミリーは、アレクシア帝国においてかなりの武力集団だ。

 それを、田舎の貧乏領が抑え込んだのだから、奇跡としか言いようがない。


「やはり、アルファ様は予め、こうなることを予測されていたようですね」

「そうですね」


 ソフィアの言葉に、シモンは深く頷いた。

 貧乏領地がザガンファミリーの襲撃を抑え込めたのは、偏にクリスのおかげだった。


 襲撃が発生する前に、彼が領兵の武具を強化したことで、領兵が彼らの武力に抑え込まれることがなかった。


 また、汚染された村を浄化したことで、領兵を分散させずに済んだ。

 もし領兵が分散していれば、たとえ武具を強化していたとはいっても、多勢に無勢で圧されていたに違いない。


 他にも、森の中に穴を掘り、そこにザガンファミリーが落ちるよう音で誘導した手腕も素晴らしかった。

 あそこで彼らの体力を奪ったからこそ、領兵は無傷で完勝出来たに違いない。


「さすがアルファ様です!」

「でも、最後はアルファ様が動いてしまいましたね」


 シモンはがくっと肩を落とす。

 自分にもう少し力があれば……。

 ルイゼに敗北したばかりのため、より強く自分の力の無さを感じてしまう。


「たしかに、アルファ様と比べると、私たちはあまりに非力です」

「はい。もっと、強くならないと」


 クリスに捨てられるのではないか?

 あるいはもっと強い者が側近に選ばれ、シモンはクリスの側付きから外されるのではないか。

 そんな不安を感じてしまう。


「クリス様のためにも、私たちはもっと強くならねばなりません」

「はい。しかし、どうやって?」

「助力を申し出ます」

「……誰に?」

「それは私なのだ!」

「ぬわっ!?」


 突然、第三者の声が聞こえて、シモンは飛び上がった。

 その声には聞き覚えがある。

 ――ルイゼだ。


「なぜルイゼ殿がここに……」

「ザガンから大金を巻き上げたばかりだからな。しばらくここで骨休めをするのだ」

「ルイゼ殿は、フォード家と浅からぬ縁があります。今回特別に、客人としての長期滞在が許可されました」

「そう、なんですね。驚きました……」


 ルイゼは以前、クリスの剣術師匠を務めていた。

 一体どのような縁でフォード家と繋がったのかは不明だが、彼女の力を借りれるのなら心強い。


「……そういえば、アインス先輩。よかったんですか? ルイゼ殿をここに招いて」


 一応、この場は秘密だったはずだ。

 情報漏洩が気になるが、ソフィアは首を振る。


「それは大丈夫です。ルイゼ殿には私たちの仲間に入って貰うことになりましたので」

「あー……。いいんですかルイゼ殿?」

「いいのだ。フォード家とは浅からぬ縁があることだしな。それにこんなに面白そうな集まりに、参加出来ないのはもったいないのだ!」

「もったいないって……」

「そうだろう? だって――」


 シモンの疑問に、ルイゼが実に剣豪らしい答えを口にした。


「ここにいれば、強い敵と戦えそうではないか!」


 こうして、新たにルイゼが聖天の翼(アストラ・イオス)の仲間として加わることになった。

 彼女の加入により、シモンたちの実力はさらに向上することとなる。


 聖天の翼が影の武力集団として怖れられるのは、もう少し先の話である。





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ルイゼさん、大金が手に入ったのでお遊びに参加する模様

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