第83話 シャロの捜しもの

 父にこってり絞られた翌日、クリスは自室のベッドでぐったり横たわっていた。


 壁を壊したのは確かにクリスだったが、直接の原因はチゲェのせいだ。

 しかしその本人が行方不明だったため、クリスの訴えは認められなかった。


 雷が落ちること二時間。

 いままでで最長の説教タイムだったかもしれない。


 現在クリスの部屋には、トンテントンテンと金槌の音が鳴り響いている。

 壊れた壁を、シモンが修復してくれているのだ。


 修復とはいっても、応急措置だ。

 ただの板を張り付けているにすぎない。


 業者に修繕してもらうまでは、隙間風に耐える日々が続きそうだ。


「失礼いたします。クリス様、お客様がお見えになられております」

「お客ぅ?」


 部屋に現われたソフィアが告げられ、クリスは首を傾げた。

 今日は客人と会う予定はない。


(一体誰だろう?)


 ベッドから起き上がり、クリスは客人を迎え入れた。


「久しぶりね。来てやったわよ、〝のぼう〟のクリス!」

「……別に呼んでないよシャロ」

「そ、そうだけど……」

「じゃあねシャロ」

「えっ、ちょっと待って!」


 ドアを閉めようとしたところで、殿下シャーロットが慌てたようにノブを掴む。

 じりじりと主導権(とびら)の押し合いを行うが、力に勝るシャーロットが勝利。

 クリスは仕方なく、彼女を部屋に招き入れた。


「殿下、粗茶でございます」

「お構いなく」


 椅子に座ると、ソフィアがお茶を運び入れた。

 それをひとすすりすると、シャーロットが僅かに顔を歪めた。


「苦ッ」

「粗茶ですので」

「もう少しまともな茶葉を使ったらどうなの?(アタシが来たんだから、もっと美味しいお茶を出しなさいよ)」

「そのような財源は、フォード家にございません(クリス様に近寄る虫にはこの程度で十分です)」

「……」

「……」


 目の前で女性二人がにらみ合い、バチバチと火花を散らせる。

 なにか、声にならない声が聞こえたような気がするが、たぶん気のせいだ。

 クリスはせっせと働くシモンを眺めながら「あー見晴らしがいいなー」などと暢気に欠伸をするのだった。


「それでシャロ、今日は突然どうしたの?」

「クリスの顔を見に寄ったのよ(この前だって、折角久しぶりに会えたのに、すぐに帰っちゃうし……)」

「えっ?」

「――じょ、冗談よ! 忘れなさい!!」

「う、うん」


 顔を真っ赤にしたシャーロットが、ワチャワチャと手を動かした。

 なるほど、彼女は冗談を言いに来たのか。


(殿下って暇なんだなあ。羨ましい)


 彼女のように暇があれば、魔術の研究し放題。

 おまけに壁を壊しても、財政が逼迫しているからという理由で長々と怒られることも、修繕に時間がかかることもない。


「僕も殿下になってみたいな」

「「――ッ!?」」


 クリスの発言に、シャーロットとソフィアが息を飲んだ。


(クリスが殿下に!? そそ、それってアタシのお婿さんになる……ってこと、だよね。はわわっ!!)

(クリス様が、ついに国獲り宣言!?)


 顔色が赤白ピンクと目まぐるしく変化する。

 そんな二人を眺めながら、クリスはお茶を啜って口を開いた。


「シャロって暇なんでしょ?」

「暇じゃないわよ」

「じゃあなんでここに来たの?」

「それは――」

「暇潰し?」

「違うから!」

「庶民がせっせと働く中、良いご身分ですね」

「アンタはうるさい黙りなさい!」


 シャーロットがキッとソフィアを睨む。

 しかし睨まれた当人はどこ吹く風だ。


「ふぅ……まあいいわ。フォード領に来たのは、あるものを探しているからなの」

「へえ。お宝?」

「いいえ、人材よ」


 そこで一度、シャーロットが姿勢を正した。

 どうやら本題に入るようだ。


「先日、国定占術師が『聖女降臨』を予言されたの」

「へぇ」


 聖女とは、聖天使教会にとってもっとも重要な人物の一人である。

 魔術とは違う奇跡の力によって、民を守る使命を天使から与えられた――というのが教会側の主張だ。


 実際のところ、天使が関与しているかは不明だが、聖女が奇跡の力を用いるのは確かだ。

 過去に大規模な戦争が起こった際には、聖女が活躍した。

 戦場で眠る死者を慰め、教会に担ぎ込まれた傷病者を完全に回復させたのだ。


 そのような経緯から、教会のみならず国も聖女を重要視している。

 今回聖女探しにシャーロットが参加しているのは、そのためだ。


 現在、ゼルブルグ王国では聖女の席が空いている。

 ――全聖女が死去してしまったばかりだから。


 聖女がいなければ、多くの国民が不安を抱いてしまう。

 それもあって、国は聖女を捜索する教会に力を貸していた。


「聖女の噂を聞いたことはある?」

「さあ……どうだろう」


 クリスが首を傾げたときだった。

 部屋の扉が、勢いよく開かれた。


「兄ちゃぁぁぁん!!」

「る、ルビー!? 眼が覚めたのか!!」


 扉から現われたのは、救出してから眠り続けていたルビーだった。

 シモンが素早く彼女の元に向かった。


「良かった。やっと眼が覚めたんだね。てっきり、もうルビーが目を覚まさないかと思って……俺は……うう」

「兄ちゃん、ウザイ、暑苦しい」


 シモンに泣きながら抱きつかれたルビーが、心底癒やそうな顔をして仰け反った。


「うんうん。良い兄妹だね」

「あれを見てそういう感想になる?」


 笑顔を浮かべるクリスの横で、シャーロットが苦笑いを浮かべた。


「ルビー、体の調子はどうだ? 痛い所はないか?」

「それ、それそれ! 兄ちゃん大変なの!」

「何がだ? どうしたルビー!?」

「手から、なんか出てくる!」


 そう言って、ルビーが手をかざした。

 すると手から、まばゆい光があふれ出した。

 一見すると魔術に見えるが、クリスが使う魔術とは気配がまるで異なっている。


(あれは、マナじゃないっぽいなあ。なんだろ?)


 腕を組んで分析するクリスの横で、シャーロットがぽつりと呟いた。


「あっ、いた……聖女だ」

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