第84話 後日談

 意識が戻ったザガンは、自らが暗い部屋の中に倒れていることに気がついた。


「この場所は……」


 覚えがある。宵闇の翼本部の会議室だ。

 しかし、少し前までザガンは、クリスと戦っていたはず。


 何故この場所にいるのか、皆目見当も付かない。


 困惑するザガンに、声がかかった。


「ザガン、首尾はどう? ……って、聞くまでもないわね」


 宵闇の翼幹部『麗しき者』だ。

 彼女の声に、背筋がぶるっと震えた。


 自分の置かれた状況が、ようやっと飲み込めたからだ。

 急激に体温を下げた体が、ブルブルと震えだした。


「宝具まで与えたのに、残念ね」

「……何故、オレはここにいるんですか」

「それは宝具の権能。死ねば一度だけ、記憶された場所で復活出来るのよ」


 ザガンは意識が途絶える直前の光景を思い出し、納得した。


 クリスが最後に放った魔術は、軍を吹き飛ばしてあまりあるほどの威力があった。

 それを受けたザガンは、一度死んだ。

 こうして生きているのは、なるほど宝具マハ・カマラによって救われたからだ。


(何故、麗しき者はオレに、この宝具を?)


 疑問を感じると同時に、僅かに期待してしまう。

 蘇生の宝具により、美しき者はザガンの死を防いだ――それは、まだ死なれては困る人材だからなのではないか? と……。


「それでぇ? クリスはどうだったの?」

「恐ろしい魔術士――いや、大魔道士でした。オレも見たことがないほどの使い手で、宝具の攻撃さえ簡単に防いでました。攻撃魔術も……。あれが戦争に出たら、帝国軍は間違いなく壊滅する」

「それほどの逸材だったのね」

「はい……」

「こちらに引き込めそうだった?」

「それは……かなり難しいかと」


 なにせ、話がまったく通じないのだ。

 何を話しても、すべて人を食ったような言葉で返された。


 ――いや、唯一話が通じたことがあった。


「もしかすると、奴はとんでもない策士かもしれません」

「大魔道士で、策士ね……。にわかには信じられないわ」

「オレも、そうでした」


 だから足を掬われた。


「もし最初からそれが分かっていれば……いや」


 ザガンは首を振った。

 たとえクリスの実力を初めから理解していたとて、ザガンに勝利する手段は一つもなかった。


「他に、分かったことはある?」

「奴は『自分にはあと二つ体がある』と……」

「体?」

「三千の世界、三万の天兵が付いている、とも言ってました」

「ああ、英雄のお話ね」

「国定占術師が言っていた『神の子』とは、どうやら本当だったようです! あれは……人間じゃない。英雄だ。天使の英雄だったんだッ!!」


 凶悪な魔術を思い出すと、いまでも体が震え出す。

 ザガンは腕を抱き、体の震えを押さえつける。


「ふむ……」


 麗しき者が爪を噛んだ。

 どうやら、ザガンの話が真実かどうかを吟味しているようだ。


「壊れちゃったわね」

「えっ?」

「ううん、なんでもないわ。――さて、ザガン。クリスの生きた情報を、ありがとう」

「いえ……それで、オレは……?」

「勿論、とっておきのご褒美をあげるわ」


 次の瞬間だった。

 ザガンの視界が、下にずれた。


 頭を持ち上げようとするも、力がはいらない。

 それどころか、体の感覚がない!


 視界はぐんぐん、地面に近づいていく。

 地面に頭が落下して、ぐるんと視界が一回転した。


 目の前には、首のない自分の体。

 そこでザガンの意識が、暗闇の中へと落ちていくのだった。




 首からの血液が勢いを失った頃、美しき者は血のついた爪を拭いながら呟いた。


「どう、良いご褒美でしょう?」


 本来ならば、宵闇の翼幹部の格を貶めた彼には、何日も拷問を行い苦痛を与え続けた末に処分する予定だった。

 それが見せしめとなり、宵闇の翼という組織の引き締めにも繋がるからだ。


 しかし今回は、神の子と思しきクリスの情報という対価があった。

『でくの坊クリスは廃嫡された』という連絡を最後に、自身の影との連絡が途絶えて以来、麗しき者にはクリスの生情報が一切流れてこなくなった。


『神の子』と予言された者を、監視対象から外すわけにはいかない。

 すぐに手の者を送ろうかと考えてはいたのだが、なかなか実力と信用のあるものが見つからなかった。


 そんな麗しき者にとって、ザガンがもたらした情報はかなりの価値があった。


「全く意味がわからないけどねぇ」


 端から聞くと、ただクリスに遊ばれていたようにしか思えない。

 だが仮にも人に値段をつける商売をしていたザガンが、12才の子どもを『大魔道士で策士』と評価したことを、無視するわけにはいかない。


 クリスはいずれ、帝国の覇権を脅かす存在になりかねない。


「成長する前に、どうにか芽を摘めないかしらね」


 色々と考えを巡らせている時だった。

 ふと美しき者は、王城に送り込んだ影が送ってきた、手紙の内容を思い出した。


『若干12才程度の少年が、最上級魔術を無詠唱で使用』

『宝具の鏡の呪いを何度も跳ね返した』


 当初は、『そんな馬鹿な』と捨て置いた。

 その後、影との連絡が途絶えたことから、王国側が流した欺瞞情報だろうと結論付けた。


 しかし、実際にクリスと戦ったザガンが、『神の子』と評した今、その情報もあながち欺瞞ではなかったのでは? と思えてならない。


「……私が直接、確かめに行くべきかしらね」


 そのチャンスは、思いのほか早く訪れる。

 しかしそこで麗しき者は、とんでもない失態をおかすことになるのだった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




これにて、第二章完結となります。

続きは……これから書きます(泣)

気長にお待ち頂ければ幸いです。


それでは、3章でまたお会いしましょう!

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貴族の三男、でくの坊から最強魔術士へ~気ままに遊んでいるだけなのに、何故か評価が上がっていく件について~【WEB版】 萩鵜アキ @navisuke9

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