第71話 やったかっ!?

 屋敷を出た瞬間、ヘンリーは街の異変に即座に気がついた。


 ヘンリーはフォード領で二番目の剣士だ。

 ゼルブルグいちの剣士と謳われた父にはまだ敵わないが、それでもかなりの腕前だ。


 そのヘンリーが、街の異変――うずまく殺気を見逃すはずがない。


「これは、不味いかな」


 呟き、即座に現場へと走り出した。


 先に父に告げるべきか考えたが、なにも分からないままでは報告にならない。


(一先ず、状況の確認だ)


「なんだ、これは……」


 現場にたどり着くと、そこは阿鼻叫喚の地獄絵図になっていた。

 ――主に、侵略者にとって。


「た、たすけ、て……」

「どうか、お、おゆる、しを……」

「ひゃっはー!」

「もっと生きの良い奴を持ってこい!」


 不審者集団が地面に倒れ、そのまわりを領兵が取り囲んでいる。

 この場に来たのがヘンリーでなければ、まず間違いなく取り囲んだ方が不審者だと思うに違いない。


「……やれやれ、こうなるのか」


 先日クリスに武具を強化してもらったおかげで、領兵の士気が極端に上昇した。

 普段やる気がない彼らを焚きつけられたと見て、ヘンリーは喜んだものだ。


 しかし普段と違う状態は、たとえそれが良いものであっても、一瞬で落とし穴に変わる。

 ――強すぎる武器に魅せられた領兵が、強盗のように変貌してしまったのだった。


(慣れないことはするものではないね……)


「はいはい、皆落ち着いて。一旦剣を納めよう」


 隙を見計らい、手を叩く。

 ――パンッ!


 その音で、領兵がはたと我に返った。

 僅かな呼吸の隙間を狙って、悪い意識を音で断ち切ったのだ。


「だ、団長!?」

「ここ、これは……大変お見苦しい姿を見せて、すみませんでした」

「いいよいいよ。それより、こいつらは――」


 領兵に近づいた時、ヘンリーは僅かに殺気を感じた。

 即座にバックステップ。

 瞬間、上空から影。

 眼前に銀の輝き。


 ――キンッ!!


 足下に、深々と剣が突き刺さった。

 その剣を振るったのは、新手の不審者だ。


「……きみ、何者かな?」

「答える義理はねぇ!」


 問答無用と言わんばかりに、男が剣を振るう。

 顔立ちから、この辺りの者ではなさそうだ。


(戦い方は、北方のそれに近いかな)


 そんなことをぼんやり考えながら、相手の剣を受け流す。

 相手はかなりの強者だ。

 しかし、ゼルブルグいちと謳われた剣士の父に直接鍛え上げられたヘンリーの敵ではなかった。


(さて、どうやって終わらせるかな)


 相手を怒らせて情報を引き出すか、それとも捕まえて、拷問で吐き出させるか。

 いくつかのパターンを考えていた、その時だった。


「――ッ!?」


 目の前に、真っ赤な炎が出現した。

 慌ててヘンリーはバックステップ。


 ゴゥ! と炎は音を立てて上空へと消えていった。


「……ふぅ。まさか魔術士が剣で戦っているとは、考えもしなかったよ」

「チッ!」


 完全に隙を突かれた。

 だが、こちらに傷はない。


 奥の手と思われる攻撃をかわされたにも拘わらず、男の顔には落胆の色は浮かんでいなかった。


「剣士ごときが魔術士の間合いにどう入る?」

「……なるほど」


 数打てば当たる作戦か。

 剣術スキルはそこそこだが、かなりの魔術の使い手のようだ。


(少し甘く見積もりすぎたかな)


 包囲されている兵士と比べて、練度が段違いだ。

 特に先ほど魔術を放ったタイミングは完璧だった。

 まさか自分の隙を突ける相手だとは、想像もしていなかった。


「確かに、君の言う通りだね」


 剣士は魔術に弱い。

 何故なら剣で魔術を防ぐ術がないからだ。


 そのため剣士はいち早く、相手の懐に入り込む。

 相手に魔術を放つ隙を与えないためだ。


 だが相手は剣士でありながら、魔術を扱った。

 近接戦闘が出来る魔術士とは、恐れ入る。

 これでは懐に入っても、必勝形には持って行けない。


「悪いけど、ちょっと借りるよ」


 なればと、ヘンリーは素早く動き、部下の兵から盾を借りた。


「はっ! そんな盾ではどうにもならんぞ?」

「それはどうかな?」

「あの世で後悔してろ。〈ファイアボール〉!」


 再び魔術の炎が出現する。

 それに対して、ヘンリーは盾を構えたまま動かない。


(クリーンヒットだ!)


 強い兵士を相手にしたゴズは、己の勝利を確信する。


 剣術スキルだけならば、ゴズはきっと負けていただろう。

 だがこちらには、魔術がある。


 ザガンから部隊を任されたのは、この秀でた魔術士としての力があったためだ。


 兵士に当たった炎が、一際強く燃え上がる。


(やったか!?)


 兵士の死亡を確信する。

 しかし、そんなゴズとは打って変わって、周りに居る兵士はニタニタと笑みを浮かべている。


(そういえばさっき、アイツは団長と呼ばれていたな)

(その団長が燃やされてるってのに、なんでみんな落ち着いてやがるんだ?)


 ゴズが不審に思った、その時だった。


「そっくりそのまま、お返しするよ」


 団長の声が、夜の街に冷たく響いた。

 瞬間、炎が音を立ててゴズに飛来。


「――ッ!?」


 慌てて魔術を構築。

 同じ〈ファイアボール〉で打ち消した。


「な、なんだ!? まさか奴も〈ファイアボール〉が使えるのか――!?」


 いや、違う。

 ゴズはすぐに思い直す。


 彼からは、魔術を放つときのマナの高まりを感じなかった。

 つまり今の〈ファイアボール〉は、ゴズのものが跳ね返されたのだ!


「うん、さすがはクリス。この盾の付与も完璧だ」

「付与、だと!?」

「そうそう。我が領兵は弟クリスに、多大なる恩義を受けたばかりなんだ」

「な、なんだそりゃ?」


 話を続けながら、ゴズは必死に策を練る。

 どんな仕掛けか不明だが、自分の魔術が跳ね返された。


 まわりにいる手練れの部下は、すべて無力化されて地面に倒れている。

 ここからどう挽回すれば良いか……。


(くそっ、なんでこんなことに!)


 領兵の戦い方は稚拙だった。

 事前の情報の通りだ。


 なのに、ファミリーの力ではちっとも歯が立たなかった。


 原因は、相手の武具だ。

 あの武具の性能が、尋常ではないのだ。


 剣を斬る剣に、こちらの攻撃をノーダメージで受け止める鎧。

 こんなものを持った兵士に経ち塞がれては、どう足掻いても太刀打ち出来ない。


(相手が、悪すぎた……)


 そう、ゴズは結論付ける。

 だがだからといって、すぐに敗北を認めるわけにはいかない。


 先に向かったザガンのために、少しでも長くここに領兵を引き留める。

 それがゴズの役割だ。


「俺はゴズ。組頭のゴズだ! いざ尋常に勝負――」

「するわけないでしょ」

「――ガハッ!!」


 こちらが名乗りを上げている最中だというのに、団長は驚くべき速度でゴズの腹部を剣の側面でなぎ払った。


 後方に吹き飛ばされて、地面をゴロゴロ回転する。


(動きが、ちっとも見えなかった……!)


 ただの領兵とは違う。本物の力を見せつけられてゴズは、


(こんな奴に、時間稼ぎなんて出来るわけがねぇ)


 己の敗北を受け入れるのだった。




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ヘンリー「(格下の犯罪者相手に真剣勝負なんて)するわけないでしょ」

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