第70話 うわっここの兵士、士気高すぎ……

 穴の外に出るまでに、かなりの時間が経過した。

 穴に落ちなかった者は良いが、落ちたものは疲労困憊といった様子だ。


 くたびれ切ったファミリーの姿を見て、ザガンはもう何度目かになる舌打ちをした。

 いまこの状態でフォード邸を襲っても、良い結果が得られるとは考えがたい。


 ヴァンが間抜けでなければ、疫病が人為的であることに気づいた頃合いだろう。

 彼は間違いなく、領の防衛に力を入れるはずだ。


 下手人を捜すために、領兵がかり出されるはずだ。

 そうなれば、中央部が手薄になる。

 フォード邸を襲うなら、いまが一番のチャンスだ。


「……野郎ども、狩りの時間だ」

「「「……うっす」」」


 ファミリーたちの声が、完全に疲れ切っている。

 ここで鞭を叩いて働かせるより、少し休息を入れてから仕切り直した方が良い結果に繋がるはずだ。


 だがザガンは、いち早くクリスを殺したかった。

 自分に恥を掻かせた奴がこれ以上のうのうと生きていることに我慢が出来ない。


(くそっ、さっさとクリスの野郎をブチ殺してぇってのに!!)

(だが……ひとまず、少しだけ休息を入れて……)


 一旦気持ちを落ち着けようとした、その時だった。


〝殺せ〟

〝殺せ殺せ!〟

〝殺せ殺せ殺せ!!〟


 ザガンに残った理性の声が、感情によってかき消された。

 先ほどまでの冷静な考えは吹き飛び、ファミリー全員に鞭を打つ。


「いくぞ野郎ども! 気合いを入れやがれッ!!」

「「「……へ、へい!」」」

「気合い入ってねぇ奴ぁ、俺がブチ殺してやる!!」

「「「「へっ、へい!!」」」」


 脅して無理矢理火を付けた。


 そのまま、フォード領中央部まで強行に歩みを進めた。

 夜の闇が訪れるのと同時に、ザガンたちは動き出した。


「っしゃぁぁ!! みんなブチ殺せぇぇぇ!!」

「「「「うおぉぉぉ!!」」」」


 ザガンの号令と共に、ファミリーが一斉にフォード邸に向かって走り出した。


 フォードの屋敷まで約二キロ。

 決して近くはないが、城壁や土嚢などがない場所ではゼロに等しい距離である。

 このまま屋敷に到着すれば、クリスの首などあっさり刈り取れる。


 ザガンを先頭に、ファミリーが領地をひた走る。

 そこで、ふと街角から二人の領兵が現われた。


(む、哨戒兵か?)


 僅かに警戒するも、相手は二人だ。

 それも、やる気がないと噂の領兵だ。


 こちらはザガンを入れて四十一人。

 相手にすらならないだろう。


「踏み潰せぇぇぇ!!」

「「「「うおぉぉぉ!!」」」」


 ザガンが号令をかけた、その時だった。

 目の前の領兵二人が、機敏な動きで抜剣した。


「敵だっ!!」

「やっと斬れ味が試せる!!」

「……んん?」


 こちらの勢いに怯えるどころか、果敢に打って出ようとするとは、完全に想定外だった。

 とはいえ、相手はたかが二人だ。

 決着はあっという間に違いない。


 そんなザガンの目論見は、ことごとく外された。


「ぎゃぁぁぁ!!」

「い、いてぇええ!!」

「なんで剣が切れてんだよ!?」

「ばば、化物だッ!!」


 一体どういうことか。

 たった二人の領兵に、精鋭であるはずのファミリーが次々と無力化されていく。


 相手の動きは、決して良くはない。

 どこにでもいそうな剣術レベルだ。

 しかし、ファミリーの攻撃が届かない。


(おかしい)


 不審に思ったザガンは、相手を観察する。

 するとすぐに、すぐに踏み潰せない理由がわかった。


 攻撃が通じない。剣で斬り掛かっても、びくともしない。

 後ろから魔術を放っても、何故かはじき返されている。


 彼らの鎧が盾が、すべての攻撃を防ぎきっているのだ。


 相手の剣はいずれもこちらの構成員に届いている。

 それどころか、攻撃を防ごうと剣を掲げても、その剣ごと切り裂いてくる。


「あの頭のおかしい斬れ味の剣はなんだ!?」

「よ、鎧に全然傷がつかない!」

「一体どうなってんだ!?」


 一瞬で蹂躙するつもりだった。

 その算段が、見事に崩れた。

 そればかりか、相手に完全に圧されている。

 この四十一対二の戦いで、だ!


 屈辱だ。

 ザガンはカッと頭に血が上る。


「テメェら、なにやってんだよ!? さっさとブチ殺しやがれ!!」

「でで、出来ません!」

「全然攻撃が通じません!」

「くそったれめ!!」


 思った通りに進まず、ザガンのストレスが加速する。

 この騒動を聞きつけたか、ひと組、ふた組と領兵が増えていく。


 その何れもが、目を爛々と輝かせ、怪しい笑みを浮かべてこちらに近づいてくる。


「げっへっへ……」

「実践。人を斬っても許される、実践……!」

「今宵の長剣は血に飢えておるわ」

「斬りたい。早く人を斬りたい!」


「……な、なんて奴らだ」


 完全におかしくなっている。


(これが領兵か?)


 盗賊と言われても信じただろう。

 彼らの目からは狂気しか感じられない。


「ザ、ザガンの旦那。領兵は士気が低いんじゃなかったんですか?」

「…………」


 そう聞いている。

 だが、実際に見てみると、恐ろしく士気が高い。


(くそっ、偽情報を掴まされたか!?)


 領兵に見つかった以上、ザガンの取るべき選択は二つ。

 無理矢理屋敷に押し入るか、このままアレクシア帝国に逃げ帰るかだ。


 後者は、無事に生き延びたとしても、宵闇の翼幹部に命を狙われる。

 となれば、もはやザガンに残された選択は一つだけだった。


「このまま押し切るぞ!」


 力任せにつきすすみ、勢いでクリスを殺す。

 とはいえ、最低限の戦略は必要だ。


「ゴズ。部下を指揮してこの場を切り抜けろ」

「へい!」

「ネークス。お前は屋敷の後方から忍び込め! チャンスがあれば俺を待たずに暗殺しても良い」

「了解」

「ルイゼ! お前は俺と正面突破だ!」

「御意」


 適材適所。

 ザガンは部下を信頼し、その場を後にするのだった。



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兵士1「敵だ!」

兵士2「やった、試し切りが出来る!!」

兵士3「キエェェェェ!!」

ザガン「もうやだこの領……」

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