第69話 のうないへんかん◎

「第四回、円卓会議を始めます」

「……会議の頻度が高いですね」

「重要なことですから」


 後輩のシモンに突っ込まれ、ソフィアはきりりと言い放つ。

 今回の会議の議題は、特に重要だ。

 これを後回しにするわけにはいかない。


「今日、ツヴァイはアルファ様に武器を強化してもらったそうですね」

「……アインス先輩、どこからその情報を?」

「秘密です」


 シモンが目を丸くした。

 ソフィアの情報収集能力の高さに驚いたようだ。


 いまはただのメイドだが、ソフィアは六年間潜入捜査を行っていた間者である。

 その前には一年かけて、専門の隠密にスキルを仕込まれている。


 情報収集能力と、隠密としてのスキルは非常に高い。

 それこそ、中央省庁に在籍してもおかしくないレベルだった。


 ただそれは、シモンも同じだ。

 彼の剣術スキルの高さは、弱小領地にはもったいないほどのものである。


 何故そのような人材が、この弱小領地にあるのか?

 答えは簡単。


 主が、クリスだからである。

 二人にとって理由など、それだけで十分なのだ。


「ツヴァイ、詳細を聞かせてください」

「あ、はい。実はアルファ様に俺の剣を強化してもらったんですが――」


 シモンから直接話を聞かされた。

 それはソフィアが事前に得ていた情報とも合致するものだった。

 だが改めて聞かされると、ある強い思いが口を突く。


「……ずるい」

「えっ?」

「羨ましいです!」

「ええと……」

「失礼、取り乱しました」


 ソフィアは気持ちを落ち着けるために、一度咳払いをする。


「すみません。先輩より先に、新参の俺なんかがアルファ様に武器強化をして頂いて……」

「いえ、それがアルファ様の選択ですよ」

「そう言って頂けると助かります……」

「それはそうと、ツヴァイ。その剣を私に譲るつもりはありませんか?」

「あるわけないじゃないですか! っていうか、さっき『それがアルファ様の選択』とか格好良いこと言いましたよね!?」

「さて、なんの話でしょうか?」

「とぼけ方が雑ッ!」

「そもそもツヴァイは初め、剣を封印してほしいと願い出たではありませんか」

「うぐっ! どうしてそれを!?」


 ソフィアの耳は地獄耳だ。

 クリスに関わるすべてのことは、たとえどんな些事であろうとも蒐集するつもりで動いている。


「封印は、たしかにそうですけど、アルファ様から帯剣を許されましたから」

「そう、ですよね。はあ……私も武器を強化して欲しいです」


 ソフィアよりもシモンが先にクリスの施しを受けるなど、羨ましくて仕方がない。


(私なんて、六年間ずっとおそばに仕えていたんですよ!?)


 それは先輩としての矜持か、あるいはクリスの一番を貰えなかった恨みか。

 ソフィアは頬を膨らませて、じっと後輩を睨み付ける。


 その視線に耐えきれなくなったか、シモンが口を開いた。


「せ、先輩もアルファ様に、強化して頂いたらどうですか?」

「えっ」

「アルファ様はお優しいですから、ソフィ――アインス先輩の願いなら受け入れてくれるかと」

「そう、でしょうか?」

「そうですよ。大丈夫!」


 最近、ずっとクリスの側にいる彼が言うのならと、ソフィアは円卓会議を早々に切り上げ、クリスの下へとおねだりに向かうのだった。






「クリス様、シモンから話は聞きました!」

「うん?」


 執務室から戻ったばかりのクリスに、ソフィアは早速『おねだり』を切りだした。


「私の武器も強化してください!!」

「えっ、と……」

「強化してください!」


 ぐい、と前に出てクリスに強く願い出る。

 ソフィアの視線から、クリスがそっと目をそらす。


「ソフィアは、ええと、そのままでいいんじゃない、かな?」

「良くありません! 私はか弱いメイドです! もし非道な賊が現われたら……あんなことや、こんなことを、されてしまうかもしれません!!」

「う、うん?」

「なので、是非、強化を!!」


 ずずいっと、ソフィアはさらに近づく。

 かなり強引に迫ったおかげか、クリスが首に縦に振った。


「わわ、わかったよ。どれを強化する?」

「――! こ、これを! それとコレも、あああとこれも――」

「ええと、すいぶんあるんだね」


 ソフィアが取り出したのは、仕事中に使う投擲用のナイフである。

 元々は、隙を見てクリスを抹殺するために所持していたものだが、現在ではクリスにまとわりつく小バエを打ち落とすための武器(※まだ新品未使用)になっている。


 投擲用ということもあり、ナイフは全部で六本用意している。

 ソフィアはこれのすべてに、強化魔術を付与してもらいたかった。


「うーん。これ全部かあ」

「い、如何でしょうか?」


 クリスの瞳が斜め上を向いた。

 これは、なにかを考えている証だ。

 こうなると、なにを話しかけても反応しなくなる。

 クリスが思索の海から戻ってくるのを、ソフィアはじっと待つ。


 しばらくすると、なにか思いついたのか、クリスが目の色を変えて視線を降ろした。


「それじゃあ、付与するね」

「お願いします!」


 クリスはまるで、開いた本を片手で持つような態勢になり、マナを練り上げる。

 目にも留まらぬ速さで魔術を構築し終え、六本のナイフすべてに付与を行った。


 一挙手一投足を見逃さぬようにと、目を皿にして見守っていたソフィアでさえ、一瞬すぎて見逃してしまうほどの早業だった。


「終わったよ」

「あ、ありがとうございます……。あの、失礼ですがナイフにはどのような効果を?」

「うん。ソフィアは女の子だし、非力だろうから、付与はそれを補うものにしたよ」

「――ッ!!」

「あと、メイド服にも防御機構を付与しておいたから」

「――ッ!?」


 クリスから非力、と言われ、ソフィアは胸がいっぱいになった。

 おまけに、頼んでいなかったメイド服にも、付与をしていただけるとは。まったく想像もしていなかった。


(さすがクリス様!!)

(私を守るために、付与魔術を施してくださるとは!!)

(そんなに私のことが大切なんですねッ!!)


 自分から付与の申し出をしたというのに、ソフィアの脳内では事実が都合良く変換されるのだった。


(――クリス様、素敵です!!)

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