第11話 反乱かと思いきや……

 朝、ヴァンは目を覚ますとすぐに、自らの異変を感じ取った。


 体が妙に軽い。

 まるで十代の頃に戻ったかのようだ。


 ここまで体調が良い原因は、わからない。

 もしかしたら賞金首(の消し炭)を捕らえ、それを国に引き渡すことで大金が得られる算段が付いたことで、無意識のうちにため込んでいた心労が消えたからかもしれない。


 肩を回しても、いつものようにゴリゴリ鳴らない。

 肩こりも腰痛も目のかすみも、綺麗さっぱり消えていた。

 まさしく、最高の寝覚めだった。


 ヴァンは軽く朝食を取ってから、執務室で書類仕事を行っていた。

 体が軽いおかげで、いつもは億劫だった書類仕事が、今日だけは軽快に進んで行く。


 しばらくすると、なにやら窓の外から喧噪が聞こえてきた。


「……なんだ?」


 音のせいで集中力が切れた。

 少し不機嫌になりつつも、ヴァンは窓の外を眺めた。


 すると、フォード家の門の前に多数の領民が押し寄せているではないか!


「な、なんだこれは!?」


 領民が一斉に押し寄せるなど、ただ事ではない。


 このような事態になる原因が、ヴァンはすぐに浮かばない。

 いや――思い当たる節が多すぎて、一つに絞れなかった。


(もしや、領民たちが反旗を翻したか?)


 あり得ない考えではない。

 というのも、フォード家は財政難のため、領民からの陳情のほとんどを後回しにしているからだ。


 その鬱憤が溜まり溜まって、こうして爆発したのではないか?


「こうなるなら、少しでも陳情を解決しておけばよかったかッ!」


 領民はフォード領に、なくてはならない存在だ。

 領土というのは、そこに住まう人あってのものだからだ。


 行政も同じだ。

 従う領民がいるからこそ、領主は力を持てるのだ。


 もし領民が離反してしまえば、ヴァンは一気に丸裸だ。

 たとえ貴族であっても、その肩書きは命を守る盾にはなりえない。

 従う者がいなければ、貴族であれ王であれ、ただの人間なのだ。


 どうすべきか。

 鎮圧するか?


 今後の方針を考えていた時、執務室にヘンリーが駆け込んできた。


「父上、大変です!」

「……わかっておる」

「――ッ!? し、失礼しました! 既に状況を掴んでおられたとは……」

「ああ」


 なにを馬鹿なことを。それは窓の外を見れば明らかだろう。

 ヘンリーの言葉に訝りつつも、ヴァンは頷いた。


「さすがは父上です」

「うむ」

「それでは、代表者を中に通しても?」

「――ンンッ!?」


 ヘンリーの言葉にヴァンは目を剥いた。


(反乱の首謀者を、屋敷の中に招き入れるのか!?)


 領内の警備を担当する者として、あるまじき行為である。


「では代表者を呼んできます」

「えっ、ちょ、まっ――」


 引き留める間もなくヘンリーが執務室を出て行った。

 残されたヴァンは、机に手を突き、がくりと頭を垂れた。


(……よもや、ヘンリーが反乱に加担しているのではあるまいな?)


 だとすれば、終わりだ。

 領兵団団長は、この領地の兵すべてを掌握している。

 もしヘンリーが反乱を企て、領兵が領主のコントロールを離れれば、もはやヴァンの命は風前の灯火である。


(こうならぬよう、最も信頼の篤い者に団長を任せていたというのに、なんたることだ……)


 領民に領兵。すべてを敵に回しての一発逆転は不可能だ。

 観念したヴァンは、深く椅子にもたれかかった。


 しばらくして、ヘンリーと共に反乱(疑い)の代表者が執務室にやってきた。

 その顔を見て、ヴァンは眉根を寄せた。


 どうも、様子がおかしい。

 ヘンリーも代表者も、どちらも笑顔を浮かべている。

 反乱という殺伐とした様子は一切見られない。


(一体、どうなっている?)


 困惑しきりのヴァンに、代表者が一歩近づき頭を垂れた。


「領主さま、本当にありがとうございます!!」

「…………へっ?」

「領主さまのおかげで、オレ……いや、自分たちの未来が拓けました!!」

「…………」


(一体なんの話をしてるのかさっぱりわからない!!)


 ヴァンは内心絶叫した。


(反乱、ではないのか? ……じゃあなんの話だ?)


 顔に出そうになった混乱を、領主として鍛え上げた表情筋が食い止める。


「まさか森の開拓が、これほど早急に進むなど考えてもおりませんでした」

「森の、開拓……う、うむ!」


 そういえば、そんな陳情あったな。

 ヴァンは表情を崩さぬまま、まるで「すべてお見通しだ」と言わんばかりに頷いてみせる。


「それも、領主さまのご子息が手ずから拓かれるとは――」

「まてまて、ご子息? お主は我が息子たちを知っているのか?」

「もちろんでございます!」

「そ、そうか。ではその、森を拓いたのは……スティーヴか?」

「いえ」

「じゃあ、ヘンリーか?」

「いえいえ」

「…………」


 森の開拓と聞いて、ヴァンは真っ先に二人の名を挙げた。

 もし陳情を解決するならば、この二人が動くはずだと思ったからだ。


 しかし、冷静に考えてみれば、二人のどちらかが一人で森を開拓出来るはずがない。

 残る息子は一人だが、そちらの可能性はもっと低い。

 ――というかゼロだ。


(あのでくの坊が? ないない。それはな――)


「三男のクリス様でございます」

「――ッ!?」

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