第12話 自分が知ってるでくの坊と違う!
――馬鹿な!!
思わず、ヴァンはガタッと椅子から音を立てて立ち上がった。
その雰囲気に、領民代表者が青ざめた。
「……クリスを見たのはそなただけか?」
「た、たくさん、います」
「たくさんッ!?」
「もも、申し訳ありません! 実は、手前どもが森を勝手に開拓しようと集っておりまして――」
「いや、よい。そなたの気持ちは理解する」
男の謝罪を退ける。
悪いのはヴァンだ。陳情を長年ほったらかしにしていたせいで、領民たちの我慢が限界に達してしまったのだ。
一度深呼吸をして、ヴァンは椅子に腰を下ろした。
「続きを説明せよ」
「は、はい! クリス様が突然、森の近くに現われまして、恐るべき魔術を使用されました」
「ん、よく聞こえなかったな。まじゅつ、と言ったか?」
「はい、魔術でございます。それも特大の」
(馬鹿なッ!!)
再びヴァンは、叫びそうになった。
だがその衝動をぐっと堪え、努めて深呼吸を行う。
クリスはでくの坊だ。剣術も魔術も、一切まともに出来なかった。
この領地で活躍出来る玉ではない。
そう判断したからこそ、ヴァンは彼を廃嫡したのだ。
そんなクリスが、魔術を使うなどありえない。
もしや、見間違いでは?
ヴァンは男に確かめる。
「ど、どのような魔術を使ったのだ?」
「大規模な氷の魔術でした。一気に森が凍り付きまして、あたりが寒くなりました。手前どもが寒さを感じ始めた頃でした。風が吹いて、凍り付いた森が一斉に砕け散ったんです」
「…………そうか」
ヴァンは厳かに頷いた。
男の話を聞いてみたが、さっぱりわからない。
耳には入ってはいるが、頭が理解を拒絶している。
(いや、まずはクリスが魔術を使える前提で考えよう)
でくの坊と思うから、頭が理解を拒絶するのだ。
実はクリスが魔術を使えたのだ、と思わなくては呑み込めまい。
ヴァンは必死に、優秀なクリスを想像した。
それはなかなか、難易度の高い妄想だった。
「……して、倒した木の数は? 一本か? 二本か?」
「おおよそ十町分です」
「じゅ――ッ!?」
頭がパンクした。
十町分とは、おおよそ一辺が300メートルほどの四角形に相当する。
魔術の規模としては、人間が行使したものとは考えられない。
下手をすれば、たった一人で国軍を制圧出来てしまえるレベルだ。
まさしく、人知を越えた魔術である。
「おまけに、その中にいた魔物まで退治していただいて。これで、村から魔物の被害が出なくなると思うと……うう……!」
感極まったように男が涙を流し始めた。
たしかに、魔物の被害についても陳情が上がっていた。
森の開墾に、魔物の討伐。
その二つを一度に片付けてしまうとは……。
(いったい、どこのクリスなんだ……?)
ヴァンは現実逃避を試みる。
しかし、そんなヴァンを、代表者は逃さなかった。
「さらに、さらにッ!! 森を開拓し、作物を育てるための水まで用意してくださるなんて……」
「……あー」
あったな、とヴァンは思った。
先日、窓から巨大な噴水を見たのを思い出した。
「領主さまは、手前どもの誇りでございます!! 微力ではありますが、手前ども一同、領主さまに一生を捧げる所存です!!」
「う、うむ」
まったく話に付いていけない間に、ヴァンは領民から篤い忠誠を頂いたのだった。
(そういえば……)
ふと、ヴァンは昔のことを思い出した。
ライラに出会った日のことだ。
『あなた、すごい運の持ち主ね。きっと幸運の星の下に生まれたきたんだわ!』
まさか、これが彼女が言った『運』なのか。
(だとしたら、なんとありがたいことだろう)
ヴァンはライラを懐かしみながら、空の彼方を眺めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます