第43話 宵闇の翼幹部、ザガン2

 ナイフを構え、姿勢を低くした。

 そのザガンを、少年が見据えた。


 瞬間、ザガンは呼吸さえ出来なくなるほどのプレッシャーを感じた。

 相手は、ただの少年だ。

 にも拘わらず、暗部で長年活動したザガンが、少年の視線だけで気圧された。


(一体、何者なんだ?)


 少年の得体が知れない。

 薄気味悪さに、冷たい汗が噴き出した。


「あなたが、この店の人?」

「……だったらなんだ?」

「ここにいる人達を攫ってきたのは、あなたの指示?」


 少年が会話の主導権を握っている。

 それがどうも癪だ。

 ザガンはアドバンテージを取り返そうとした。


「テメェ、一体誰に口聞い――」


 瞬間、ザガンの右腕が宙を舞った。

 まるで夢の中にいるかのような光景だ。

 とても、現実だとは信じがたい。


 血しぶきが頬にかかり、地面に腕が落ちたところで、ザガンの肩に焼けるような痛みが走った。


「ひぎゃぁぁぁぁッ!!」

「僕が聞いたことに答えてね」

「い、いてぇ、痛ぇぇぇ――!!」


 肩を押さえて、溢れ出る血をなんとしてでも体内に止めようとする。

 ふと、ザガンの肩からなんの前触れもなく痛みが消失した。


「えっ……はっ……?」


 手を外すと、腕から傷が消えている。

 オマケに、切り落とされたはずの腕も付いていた。


 まるで、リアルな幻を見たような気分だった。


(……まさか、幻術使いか?)


 痛みを感じるほどの幻術、というのも、この世には存在する。

 だがいままで体感したことがないので、これが現実なのか幻術なのか、区別が付かない。


「次、また誤魔化そうとしたら腕落とすから」

「…………」

「抵抗しても無駄だよ。生きていれば、いくらでも治せるから」

「――ッ!?」


 どろっとした恐怖が、ザガンの体にまとわりついた。

 ガタガタと体が震える。


 頭の中では、あれはただのガキだ、怖がるなと叫んでいる。

 しかし本能は、ガンガン警鐘を鳴らし続けている。


「それで、もう一度聞くよ。ここにいる人達を攫ってきたのは、あなたの指示?」

「――っ」


 正直に喋ってしまえと、本能が白旗を振る。

 だが、長年培われた暗部としての誇りが、ただの敗北を良しとしなかった。


 心を奮い立たせ、ザガンは必死に挑発的な顔を作った。


「ああ、そうだ。だったらどうした! こちとら使えない人間を、少しでもマトモに使ってやってんだよ。

 人間なんてそこいらじゅうにポコポコ生えてんだ。使えない人間が一人二人死んだところで、世界は変わらずグルグル動くんだよ。

 糞みてぇな人間を、俺が有効活用してやってんだ。ほら、そこの糞野郎。使ってくれてありがとうって、頭を地面にこすりつけてむせび泣けよ」

「いけしゃあしゃあと……」


 青年が、顔を真っ赤にして腰に手を伸ばした。

 そこには長剣が携えられている。


 たしか彼は、剣術大会でそこそこの成績を収めていたはずだ。

 だが、剣術大会は、所詮大会であって戦場(ほんもの)ではない。


 ザガンは長年、死と隣り合わせの戦場にいた。

 命がかかった戦いならば、負けない自信がある。


「それが……それがお前が、妹を殺した理由なのか!? そんな下らない理由で、どうしてルビーが殺されなきゃいけないんだッ!!」

「下らなくねぇよ。俺の礎になれるんだ。糞どもにとっては栄誉だろ」

「貴様ッ!!」


 青年が、ぎりっと奥歯を噛むおとが聞こえた。

 腰を落として、抜剣の態勢になる。


 それを見て、ザガンは勝利を確信した。


(確かに手強い相手だが、俺なら殺(や)れる!)


 少年相手は、勝ち筋がさっぱり見えない。

 そもそも、腕を落とされた時だってなにをされたかまだ分かっていないのだ。


 それに比べ、青年は与しやすそうに見えた。

 ザガンが迎撃の態勢を取った。

 その時だった。少年が口を開いた。


「シモン。時間の無駄だよ」

「――ッ!? し、しかし」

「動物に、人間の言葉は通じないんだよ」


 少年の言葉に、ザガンの頭に血が上った。

 たかだか十数年しか生きてないだろう少年に、動物扱いされたのは生まれて初めてだ。


(ぶっ殺してやるッ!!)


 殺意をむき出しにして、ザガンが一歩踏み出した。

 その刹那。


「――へっ?」


 体が、すとんと沈んだ。

 何が起こっているのか、わからない。

 転んだのかと思い足に力を込める。

 だが、足の感覚が、ない。


(――ッ!?)


 ゆっくりと、体が前方に倒れていく。

 そこでやっと、ザガンは自分の体がどうなっているのかを視認した。


「――ッ!?」


 馬鹿な、そう言いたかった。

 だが、首が繋がっていないザガンには、声を出すことさえ出来なかった。


 頭が地面に落下したザガンの意識は、闇の中へと急速に落ちていくのだった。


 ――そして夢幻は永劫に回帰する。

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